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日本軍「慰安婦」問題・関西ネットワーク

Author:日本軍「慰安婦」問題・関西ネットワーク
わたしたちは日本軍「慰安婦」問題解決のため、関西を中心に活動しています。

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インドネシア・南スラウェシの被害女性の声を聴く

1月29日、アムネスティ・インターナショナル日本と「慰安婦」問題の解決を求める北摂ネットワーク・豊中の主催による、鈴木隆史さんの学習会が開催され、参加しました。鈴木隆史さんはインドネシア・スラウェシ島の南スラウェシで、日本軍の性奴隷にされた女性たちの聞き取りを継続して行っています。

あたかも日本では「慰安婦」問題は日韓の外交問題のように扱われることが多いですが、それは全く正しくありません。そして被害者を取り巻く状況も国によって全く異なります。インドネシアは国民基金の調査や個人給付の対象からも外れ、謝罪や補償なども問題になることなく、ニュースで報じられるような少女像云々というような政治さえも全く無縁の、まさに貧困と孤独と絶望の中に暮らしています。

鈴木さんが聴き取っている被害者は、スラウェシ島の海軍基地に併設された慰安所で「慰安婦」にされた、南スラウェシの女性たちです。この日数人の被害証言の映像を見ました。

ヌラさんは学校から友人と一緒に帰ってくるところで拉致され、慰安所に入れられました。慰安所で覚えた日本語「バゲロー(馬鹿野郎)」「ハンゴーモテコイ(飯盒持ってこい)」という日本語が聞いていて痛かったです。解放後、2日間かけて歩いて家に帰ったのですが、「日本人とセックスした女は汚いのでいらない」と家から放逐されました。その後、遠縁の娘を引き取りましたが、その娘がヌラさんのことを「正直で礼儀正しく生きてきた」と語っていたことがとても印象的でした。

アランさんは日本軍の飛行場のそばに住んでいて、家の裏手にある日本軍壕で身の回りの世話をするよう命じられ、そのままレイプされました。彼女は慰安所に入れられたわけではないのですが、毎晩のように日本軍に呼び出されてはレイプされ続けました。しかし彼女はそのことを家族には一切言わず、戦後一緒になった夫にも口を閉ざしていたそうです。晩年、壕での体験を娘さんに告白し、娘さんは村の住民にも聴き取り調査を行ったところ、15人もの人が同じ被害に遭っていたそうです。もちろん実際にはもっとたくさんの人が被害に遭っていたことでしょう。

インドネシアにはシリという文化があり、強かんにあった女性は恥とされ、家族から追放されたり、場合によっては殺されたりすることもあるそうです。そんなインドネシア社会の中で、被害者たちは全く孤独に70年間暮らしてきました。

当時を知る男性たちに「身内に被害女性はいるか」と尋ねても、誰もが口を揃えて「いない」というのだそうです。そんなわけはありません。被害女性はいなかったことにされるのです。

鈴木さんが聴き取った女性たちも、動画の中で「周囲の人は誰も知らない、誰にも言えない」と仰っていました。遠い日本から来た研究者の鈴木さんに対してだからこそ言えることもあるのです。

そんな中で私たちは何をすればよいのでしょうか。

謝罪とは、補償とは、その人の属する政府から要求されなければ応じられないものなのでしょうか?

国家と国家の交渉事でしか解決できない問題なのでしょうか?

そんなはずはありません!

過去の加害事実を直視し、被害者に対して真摯に謝罪し補償することは、加害当事国として自発的に行うことができるはずです。そしてそのためにできることが、私たちにまだあるはずです。

(だい)



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集会報告 | 18:35:18
東ティモールの被害者、イネスさんの証言
11月7日、なんば市民学習センターにて、大阪東ティモール協会の主催による日本軍「慰安婦」被害者のイネスさんを囲む会合がありました。イネスさんは今回東京で行われた集会と外務省交渉のために来日していただいていたところ、来阪され今回の機会を得ました。主催者のご厚意により、関西ネットのメンバーも数人参加させていただきました。
イネスさんは東ティモールの温泉地の慰安所に入れられました。昼は兵舎を造るための労働に狩り出され、夜は兵士たちに強かんされました。少なくて5人、多いときには10人、毎晩毎晩。細長い建物だったという慰安所に、10人ほど監禁されていたそうです。慰安所には馬、豚、鶏、その脇にイネスさんたちの部屋がありました。カネも、何も貰えない、与えられるのは苦痛ばかり……。
日本が敗戦し、慰安所からも解放され家に帰るとき、イネスさんは慰安所で産んだ赤子を日本兵に取り上げられたそうです。その赤子の運命を、イネスさんは知りません。
解放後、結婚しましたが、夫には自分の体験をひた隠しにしていたそうです。その辛い体験を、イネスさんは外務省の担当者に話し、そしてこう訴えました。
「私の子がどうなったのか教えて欲しい!」
これに対する外務省の対応は、こんな感じだったそうです。
「ようこそ遠くからいらっしゃいました。辛い体験をよくぞお話し下さいました。ご苦労様です。気をつけてお帰り下さい」
誠意の欠片もない!!!
嘘でもいいから「精一杯努力して調べてみます」とくらい言えないのか?!
イネスさんはとても辛いはずの体験を、信じられないくらい淡々と証言しました。「当時はとても辛く日本人を恨んだりしていたけれど、今はどの民族も同じだと思っている」とも。
一体どれだけ辛い体験をすれば、このような境地に達するのでしょうか?
同行したイネスさんの息子さんは、会合の最後にこのようにおっしゃいました。
「2006年の公聴会で母が初めて証言して以来、母と行動を共にしてきました。
この問題は日本が国家として責任をとらなくてはいけない。
私たちを支援してくれる人が私たちの家を直すために出資してくれているけれども、家を直したら周囲の人に『補償された』と思われるだろう。だから私たちは家を決して直さない」
そこまでして真っ当な正義を求めている人たちに、私たちは何が出来るでしょうか? 実現しなければならないのは、私たちの日本政府に、国家責任を認めさせ、謝罪させること。賠償を勝ち取り、そのお金でイネスさんの家を直すこと。
私たちがやらなければならないことは尽きません。その日までがんばって闘おうと、決意を新たにしました。
(だい)


集会報告 | 23:50:41
日本軍「慰安婦」被害を記憶するメモリアル建設運動inアメリカ(集会報告)
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 11月4日、KCC会館にて、「日本軍『慰安婦』被害を記憶するメモリアル運動inアメリカ~サンフランシスコとグレンデールの活動家を招いて~」と題して集会を開催しました。コリアNGOセンターとの共催です。アメリカから「慰安婦」正義連盟(CWJC:Comfort Women Justice Coalition)のメンバーをお招きし、アメリカ社会で「慰安婦」問題を広めるための取り組みを学びました。

 サンフランシスコ市で「慰安婦」決議をあげようと動いているとき、日本から右翼が大挙して押しかけました。幸福の科学やなでしこアクションといった人々が公聴会で「『慰安婦』はでっちあげ、売春婦」などと証言し、そしてあろうことか日本の外務省が右翼を応援し、米良光一や呉善花の著作を各市議会議員に送りつけました。こうした動きに危機感を抱いたメンバーでCWCJが結成され、市議会議員に対して丁寧なロビー活動を行ったそうです。当初は「日米関係に影響を与えるのでは」と躊躇する議員もいたそうですが、これは女性の人権の問題であり、現在進行形の問題であると説得。その結果、2015年9月22日に「慰安婦」碑を建設する決議案は全会一致で採択されました。

 またCWJCは教科書をめぐる運動にもかかわっています。CWCJの働きかけによって、サンフランシスコ市で「慰安婦」問題が記載されることになりました。アメリカの教育カリキュラムは欧米中心で、あとはナチスのユダヤ人虐殺。サンフランシスコにはアジア系の生徒が多いため、アジアの人権問題について教えることは非常に重要なことです。しかしここにも日本の外務省が介入しました。教育委員会が発表した文面には日韓「合意」を説明するウェブサイトがリンクされており、CWJCは現在取り下げを要求しているところだそうです。
 「慰安婦」問題を教えるということは国家による人権侵害を教えるということであって、日韓関係を教えるということではありません。被害にあった11ヵ国の全ての女性に関わることならともかく、日韓「合意」がなんの関係があるでしょうか?


 ここでグレイス・シミズさんの証言を紹介したいと思います。彼女が「慰安婦」問題に関わるきっかけとなったお話しは衝撃的でした。
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 それは第2次世界大戦中に起こった、彼女の父親に対する不正義です。
 彼女の父親は広島出身で、10代で移民としてペルーに渡りました。そのペルーの自宅で拉致され、米国内の軍基地に移送され、重労働に従事させられました。当時アメリカはラテンアメリカから独・伊・日系移民を捕虜交換のため、12万人も強制連行し、そのうち6千人が日系移民だったそうです。
 そしてそこから解放された後も、不法滞在者として収容所の中に入れられました。自ら連行しておきながら不法滞在とは! 1988年に日系移民に対する謝罪と補償を行われたときも、不法滞在を理由にそこから除外されました。
 彼女にとって日本軍「慰安婦」問題とは、自分の父親にかけられた不正義を正すことと全く同じなのです。
 歴史を否定したい人たちは「だからどこの国も同じ事をしていた」と言うのでしょうね。しかしグレイスさんが日本軍「慰安婦」被害者を他人のことと思えないように、そして韓国のハルモニたちがベトナムで韓国軍にレイプされた女性たちを他人のことと思わないように、あるのは国の違いではなく、加害者側であるか被害者側であるかということだけです。そして正義がどちらにあるのかは、あまりにも明らかです。

 右派は「『慰安婦』を問題にすることで日本人の子どもたちがいじめられている」とキャンペーンします。もちろんそんな事実はありません。今回CWJCの方々からお話を伺っても、右派の言っていることは嘘で塗り固められている、まさに「息をするように嘘をつく」ようだと分かりました。
 しかしアメリカの日系社会の中にもそのような意見に同調する人はいて、それは日本領事館と利害関係にある人だそうです。そして日本領事館と利害関係のない多くの日系アメリカ人は、つまり自らの人権を闘い取ってきた人たちは、日本軍「慰安婦」問題を自分のことのように人権問題と捉えているということが分かりました。
  今、世界を舞台に歴史戦が戦われていると右派はしきりに言いますが、それは彼らの言うような国家間の争いではなく、国家対市民の闘いなのだと気付かされました。
 フィリス・キムさんがこうおっしゃっていました。
 「そもそも日本と韓国に合意する資格があったのか? 日本政府が11ヵ国の被害当事者に解決を示すべき」
 私たちの敵はなんであるのか。そして本当の解決策はどのようなものであるべきなのか。そこを意識しながら、日本軍「慰安婦」問題をどう社会化していくかという課題に立ち向かって行こうと決意しました。
(だい)

集会報告 | 17:25:41
アジアの「慰安婦」被害者たちは訴える!(集会報告)
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 11月2日、天満・北区民センターにおいて、「日韓『合意』は解決ではない アジアの『慰安婦』被害者たちは訴える!」と題して証言集会を開催しました。300人入る会場は、平日にもかかわらず多くの市民が集まり、日韓「合意」をめぐる関心の高さを表していました。

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 フィリピンから来られたロラ・エステリータから、過去の辛い被害体験を語っていただきました。
 ネグロス島の市場で日本兵に拉致され、日本軍の駐屯地に監禁、米軍がやってくるまでの3週間レイプされ続けました。日本軍が山に逃げ解放されると、家では母が向かえてくれ、平穏な暮らしが戻ってくるかと思いきや、ロラは被害体験から逃れるようにマニラに移りました。中国人の男性と結婚し、子どもを5人も受けますが、その後離婚。生きていくため、子どもを育てるために様々な仕事をしたといいます。年老いて、マリア・ロサ・ヘンソンさんがテレビで被害者は名乗り出るよう呼びかけているのを見ても、「ロサが正しい」と思うようになり名乗り出るまで、1年間もかかったそうです。
 いつまでも被害体験にさいなまれる人生を、私たちはとても重く受け止めました。そんな辛い人生を語った最後に、ロラ・エステリータはこうおっしゃいました。
 「事実を隠すことはできないのだと、日本政府に訴えたい」

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 インドネシアからはチンダさんが初来日され、証言されました。
 南スラウェシの綿摘みの仕事をしているところを、オケダという日本軍の将校に捕まり、兵舎に監禁され、オケダとその部下に連日何度も何度も強かんされ続けました。日本軍がいなくなった後家に帰ったが、そこでは温かく迎えられることはなく、「お前は汚れている」と家を追い出されたそうです。その後、手伝いなどをして、世間とは切り離されるように生きました。言い寄る男性もいたそうですが、決して結婚することはありませんでした。処女ではないから。少しずつお金を貯めて、菓子を作り売り歩くようになりました。今も、菓子を売り歩いて生活しています。
 「たった一人で生きてきた。汚れたから。私には未来がない。年老いて膝も痛い。じきに歩けなくなるだろうし、そうなれば菓子を売り歩くこともできない。私にはなにもない」
 そう呟くように語ったチンダさんは、今回の訪日についてこのようにおっしゃられました。
 「オケダに責任を取って欲しい。ここに来て、謝って欲しい。もしオケダが生きていないのであれば、日本政府に賠償して欲しい」
 初めて人前で証言されたチンダさんの言葉に、涙を抑えることができませんでした。貞操観念の強いイスラム社会では、強かんされるということは、精神を奪うだけでなく、社会生活そのものを略奪することと同じなのです。84歳の人生の最晩年ともいえるときに初めて訴えられる苦しみに、私たち日本の市民はどう向き合い、何をすればいいのでしょうか。

 ロラ・エステリータに同行したリラ・ピリピーナのレチェルダ・エクストレマドゥーラさんは、最近の現状をこのように語っていました。
 「174人いた被害者のうち105人が亡くなり、ほか多くの人の居所さえ分からない。フィリピンの多くの被害者は貧困の中にあるからだ。こうやって人前で証言できるロラも、ここにいるロラ・エステリータだけになってしまった。
 ドゥテルテ大統領訪日に合わせ、私たちは10月26日に抗議行動を行う予定だったが、被害者が集まることができず中止せざるを得なかった。被害者の遺族を組織したが、遺族たちも貧困の中にあり、声をあげることができない。リラ・ピリピーナにも資金がなく、フィリピン側の運動は限界に来ている。
 だからここにいるみなさん、日本の側から日本政府に訴えて欲しい。歴史的な不正義を正す活動を日本からおこして欲しい。
 日韓『合意』は強制性を認めないことを前提にしているが、フィリピン(やインドネシア)の被害者からしてみれば、そんなことはあり得ない。日本政府は強制性を認めなければならない。被害者を欺き、また日本市民も欺いている日韓『合意』を許すわけにはいかない」

 私たちは今回、おそらく被害者をお招きする最後の証言集会をおこなったのだと思います。年老いた被害者たちの思いを、私たちはしっかりと胸に刻めたでしょうか? バトンをしっかりと受け取れたでしょうか?
 これからは私たちが日本政府の不正義を正していきます。私たちは胸の中でそう誓い、ロラ・エステリータとチンダさんに約束しました。
(だい)

集会報告 | 11:07:51
【集会報告】 日韓「合意」は解決ではない! ~8.14日本軍「慰安婦」メモリアル・デー 大阪行動~
 8月14日、関西では沖縄から高里鈴代さんをお迎えして、「変えるために、ともに行動しよう」と題して講演を聴き、その後デモ行進を行いました。
 3月に米兵による観光客への暴行事件がおこった時、米四軍調整官が「よき隣人として努めている」とは言うけれど謝罪の言葉はなく、翁長知事は「戦後70年間、よき隣人という言葉も実行されたことがない」と怒りをあらわにしました。
 そんなことがあった直後の5月、うるま市での元海兵隊員による女性に対する暴行・殺害事件がおこったのです。
 高里さんの友人は「20年前のあのとき、基地をなくしておくべきだった」と言ったそうです。95年の少女暴行事件の時、沖縄の人々の怒りに押される形で普天間返還が約束されたというのに、それがなぜか辺野古の新基地建設へと変質していきました。なぜそうなってしまうのか? 今、沖縄で起こっている性暴力被害の状況は、なんと日本軍「慰安婦」問題における日韓「合意」と似ていることでしょう。
 安倍首相も、日本軍「慰安婦」被害者に謝罪の言葉を述べることなく、たかだか10億円で被害者の尊厳回復の象徴である「少女像」の撤去を要求し、その10億も繰り返し「賠償ではない」と念押しします。
 私たちも25年前に解決させておかなければならなった問題を未だに闘い続け、金学順さんや姜徳景さんの「謝罪を」「責任者処罰を」という願いは、「謝罪なき10億円」へと変質させられています。これでは被害者に対して二たび加害行為を行っているのと同じです。
 なぜあのとき解決させることができなかったのか、今なお繰り返されている日本政府の加害行為をなぜ止めることができないのか、怒りをシュプレヒコールに変えてデモ行進を行いました。(だい)

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集会報告 | 11:32:12
【アジア連帯会議3日目】決議および行動計画採択
3日目は、午前中議論し、「決議文および行動計画」を採択しました。

いつもであれば様々な意見が飛び交うのですが、今回は方針の根本を巡るような議論はありませんでした。それだけ、やらなければならないことがはっきりしているからです。

12.28合意は解決ではないということ。
第12回アジア連帯会議で採択された「日本政府への提言」を実現することでしか、解決はないということ。
その実現のために様々な行動を惜しまないこと。

以下にその文面を掲載します。

各国の被害者と支援者で話し合われた「決議および行動計画」をお読みください。そして私たちの足元から、行動を起こしましょう!(だい)




第14回日本軍「慰安婦」問題解決のためのアジア連帯会議 決議および行動計画

私たちは、<真実・正義・賠償・再発防止のために>というテーマで、2016年5月18日から20日まで、ソウルにおいて第14回日本軍「慰安婦」問題解決のためのアジア連帯会議を開催した。フィリピンのエステリータ・バスバーニョ・ディ、東ティモールのイネス・マガリャイス・ゴンサルベス、大韓民国の吉元玉、金福童、安点順、李容洙さんら生存者と、東ティモール、フィリピン、インドネシア、台湾、香港、中国、日本、アメリカ、オランダ、韓国などの活動家が参加した。
私たちは今回の会議で、2015年12月28日に韓国と日本の外相会談後、電撃的に発表された日本軍「慰安婦」問題に関する両国政府間合意(以下、12.28日韓合意)が、過去25年間問題解決のため努力してきた被害者と市民社会の熱望を踏みにじる重大な挑戦であるとの認識を共有した。何より12.28日韓合意は、両国政府が主張するような「最終的かつ不可逆的な解決」ではないのはもちろんのこと、根本的に日本軍「慰安婦」問題の解決策になりえないという事実をはっきりと確認した。
ここに、私たちは第14回日本軍「慰安婦」問題解決のためのアジア連帯会議の名で次のとおり宣言する。

1.12.28日韓合意は日本軍「慰安婦」問題に対する解決策にはなりえない。
-被害者が完全に排除され、被害者中心の人権原則が反映されていない。
-第12回アジア連帯会議で採択し、第13回アジア連帯会議で再確認した「提言」、すなわち「犯罪事実と責任認定」、これに基づく「翻すことのできない謝罪、賠償、真相究明、歴史教育」等が盛り込まれていない。
-韓国以外の被害国被害者が全く考慮されていない。

2.私たちは、このような誤った合意で日本軍「慰安婦」問題を終結させようとする日韓政府に強く抗議し、次のとおり要求する。
-日本政府と韓国政府は、12.28日韓合意が日本軍「慰安婦」問題の解決策にならないことを認めよ。
-日本政府は、全ての被害者と市民社会の要求に耳を傾けてアジア連帯会議の「提言」を受け入れ履行せよ。
-日本政府は、犯罪事実を歪曲し否認し続けることによる、被害者への人権侵害をやめよ。
-日本政府は、平和の碑の移転撤去など不当な要求を即刻取り下げ、誠実な姿勢で歴史と向き合え。
-韓国政府は、12.28日韓合意を拒否する被害者と市民社会の要求を尊重し、国際人権規範に則った正しい問題解決のため努力せよ。

3.今後、私たちは連帯して、次のような行動を積極的に展開する。
-12.28日韓合意の深刻な問題点を各国および国際社会に広く知らしめ、被害者の要求を盛り込んだアジア連帯会議の「提言」が実現されるよう引き続き活動する。
-日本政府がすべての日本軍「慰安婦」被害者の人権を回復し、問題を解決するよう求め活動する。
-被害者とともに日本軍「慰安婦」問題に関する真実、正義、賠償の実現と再発防止を市民社会が先頭に立って成しとげるよう活動する。

2016年5月20日

第14回日本軍「慰安婦」問題解決のためのアジア連帯会議参加者一同

<参照>
「日本政府への提言~日本軍「慰安婦」問題解決のために」


集会報告 | 16:30:23
【アジア連帯会議2日目②】各国報告
午前中の最後に挺対協代表の尹美香さんから基調提起があり、午後から各国の報告がありました。
書き出せば本当にキリがないくらい内容の濃いものだったのですが、ここでは12.28合意を巡っての発言に限って紹介したいと思います。

《韓国》
電撃的に発表された後、韓国では(代表に対する個人攻撃も含め)挺対協に対する右翼勢力を動員しての攻撃がはじまった。しかし他方では市民社会も敏感に反応し、学生たちは平和の碑を撤去させまいと24時間の座り込みを始め、財団設立に反対する募金活動も自然発生的に始まっている。しかし朴槿恵政権は被害者や市民の声を黙殺し、財団設立を強行しようとしている。
そのような情勢を踏まえ、私たちは以下を提案する。
①12.28合意は「最終的かつ不可逆的な解決」にはならないことを宣言する。
②最後まで日本軍「慰安婦」問題の真相究明と日本政府の法的責任を追及する。
③記憶と追悼のための活動の強化、国際社会での共同活動、戦時性暴力被害者の連帯と再発防止。

《台湾》
1915年、台湾でも歴史教科書を巡って、「慰安婦」問題は強制連行の有無に矮小化させる動きがあった。これは性奴隷被害者を苦しませるもので、容認できない。私たちが求めているのは被害者の尊厳回復であって、12.28合意はこれに著しく反している。
①日本政府は女性たちを性奴隷化したことについて、謝罪と賠償を行え。
②日本の教科書検定に強く抗議する。日本軍「慰安婦」制度は日本軍国主義によって行われた最大規模の性奴隷制度であったと認め、教育課程に組み込むべき。
③8.14日本軍「慰安婦」メモリアルデーを国連の記念日とするよう求める。

《中国》
日本軍「慰安婦」問題の強制性を示す証拠が次々と発見されている。博物館を建設し、映画を製作して上映活動を進めている。私たちは12.28合意に関して、日本政府に対して、河野談話に基づき明確に反省と謝罪を行うことを求める。今日は頭を下げ、明日は首を振るというのは、誠意のない行動だ。日本政府は変わっていかねばならない。

《フィリピン》
ロラたちは日本の再軍国主義化を糾弾し、中国を挑発するアメリカの結託を批判してきた。アキノ政権がそうであったように、自衛隊とフィリピン軍との一体化を強く非難してきた。
12.28合意は、中国に対抗するため日韓と結んだ軍事協定で全ての障害を除去しようとするアメリカが主導したものだ。これは被害者が闘い求めてきた正義には程遠いものであり、被害者たちに沈黙を強いる条件に他ならない。
しかしフィリピン政府は日本政府に対し、私たちの要求を全く何も伝えていない。
決してあきらめず正義を求めてきたロラたちは正義を回復されないままこの世を去ったとしても、次世代が後に続くだろう。

《東ティモール》
被害者たちは何の支援も受けられないまま、極度に衰弱している。被害者は東ティモール政府に対して、事実を認め公式謝罪・賠償するよう日本政府に働きかけることを求めているが、政府は被害者を支援するどころか、公式的な発言さえ行っていない。

《インドネシア》
12.28合意はインドネシアでも話題になったが、政府は沈黙している。政府は関心がない、大衆は関心が薄い。そのような中でも、一歩一歩市民の認識を広げるような活動を行う。

《日本》
抗議文を作成し2月5日に外務省に赴き手渡した。外務官僚は「被害者が受け入れられる解決でなければならないという趣旨には共感している」と言いながらも、「日韓間の棘を国交正常化50周年を機になんとか解決したいという安倍首相と朴槿恵大統領の政治的な意思の反映」と述べた。合意は被害者の意思を反映したものではないということを、自ら露呈したのだ。
また2月には国連女性撤廃委員会に参加して、政府代表の恥ずべき言動の不当性を明らかにし、あのような12.28合意を否定するような勧告に結びついた。
しかし一方で日本では合意を評価し「もう終わった問題」という反応が圧倒的多数派で、メディア、野党ともに合意歓迎一色である。かつて植民地支配と侵略という加害行為を行った日本の歴史と責任を、認識、記憶、継承する取り組みが体系化されなかったツケが一気に露呈する形となった。日本の運動は改めて、事実認識、歴史認識の問題に一から取り組まねばならない。
①12.28合意が「最終的・不可逆的解決」にはなり得ないことを宣言することに賛同する。
②あるべき解決、加害事実の認識、そして今何を行うべきかを社会に広げることは、被害者個々人がどのような選択をするかは別として、加害国日本の市民として取り組んでいかねばならない。
③被害者と共に歩んできた歴史の記録と継承。
④私たちは日本政府の姿勢を恥ずかしく思う。日本政府に対して最後まで国家責任を求めていくと共に、加害国日本の市民として高齢化する被害者たちへの支援を行う。

この他、オランダと香港から報告がありました。
その後、若干の質疑応答、議論を経て、明日の行動計画策定の議論に引き継がれることになりました。

明日はどのような議論になるのでしょうか。
いずれにせよ、これまで以上に日本政府の責任を追及するのは間違いないでしょう。そしてこれまで以上に私たちの立場、加害国側の人間であるということを意識させられ迫られる議論になるのではないかと推測します。
梁澄子さん(日本軍「慰安婦」問題解決全国行動共同活動代表)が日本の報告をしている時の嗚咽。金福童ハルモニに「長い旅になって申し訳ない」と言われたことを思い、それは日本の側の責任であるのに被害者にそのように言われたことで、安倍政権の犯罪性と日本社会の体たらくを目の前にしての私たちの責任を突きつけられ、とても正常な気持ちでおれなかったこと。
インドネシアの研究者である鈴木隆史さんがこれまで長い期間をかけて研究者としてコミットしてきていたにもかかわらず、それはあくまで研究者としてであって、結果として多くの証言してくださった被害者の死に無為であり続けたことへの猛烈な反省。そしてそれは日本人男性としての責任に積極的でなかったことへの自己批判を涙で表明せざるをえなかったこと。
日本に住む私たちは、自分の責任、自己批判を、今まさに迫られているのだと思います。

そういう意味でも、これからは私たちの運動が本当に問われています。
(だい)


集会報告 | 23:36:48
【アジア連帯会議2日目①】被害者発言
アジア連帯会議2日目の午前は、被害者の発言と、基調の提起がありました。それに先立ち、「共に民主党」の国会議員の挨拶がありました。議員は日本軍「慰安婦」問題の小委員会を担当しているにもかかわらず事前に何の相談もなく、12.28合意の当日の朝に通告の電話が一本あっただけだそうです。そして以下のような発言がありました。
「合意は日本軍の犯罪を認めておらず、被害当事者を無視しており、とても受け入れることはできない。最終的かつ不可逆など、到底容認できない。次の国会では8.14メモリアルデーを法律化し、日韓合意を無効化する決議を出す。何が本当の解決であるか、私たちの要求は明らかだ。」

12.28合意についての韓国の被害者の声は日本でも報じられていますが、他の国被害者がどのように受け止めているか、私たちはあまり知りません。

フィリピンのロラ・エステリータはこのようにおっしゃっていました。
「日本は責務を果たさねばならない。日本は何を待って、時間をずらすのか。正義を果たすのがそれほどむずかしいのか。過去の行いを認めるだけ、何も難しいことではない。
この闘いは続けましょう。これまで亡くなられた被害者も含めて、闘いを続けましょう。私が斃れた後も、皆さんで闘いを続けて欲しい!」

金福童ハルモニは、このようにおっしゃっていました。
「雨の日も雪の日も、共に歩んで切れてありがとう。長い旅になって申し訳ない。
私たちは未だに解放されていない。大金が欲しいわけじゃない。自分たちがやったと、日本政府が認めてくれればよい。政府には一緒に闘って欲しいと言っていたが、勝手に『解決』された。謝罪も受けずに妥結された。
雨の日も雪の日も、少女像は学生たちが守ってくれている。私は死ぬまで闘う!」

李容洙ハルモニはこのようにおっしゃっていました。
「私は12.28合意を無視する。みなさんも無視してください。
この合意は被害者を二度殺すようなもの。もう政府は信じない。国民を信じる。
一昨日亡くなったイ・スダンハルモニとコン・ジョミョプハルモ二は、嫌な世の中を見たくなくて亡くなっただけ。でも水曜日にはいつも一緒にいる。私にはそれがわかる。私は89歳だが、活動するにはいい歳だ!」

この合意が、どれだけ被害者の心を傷つけているか、二度殺しているか、痛いほどわかりました。「死ぬまで」「死んでからも」闘うと、どなたもおっしゃっていました。私たちはこの声に対して、どのような顔をして受け止めれればいいのでしょうか。

今回初めてアジア連帯会議に参加された、東ティモールのイネスさんの証言は、改めて私たちの責任を突きつけました。
イネスさんは「行かないと父母を殺す」と脅され、慰安所に入れられました。一晩にたくさんの兵士の相手をしなければならず、性器が痛くて歩くこともできず、ただただ日本兵が怖かったそうです。妊娠し、慰安所で出産しましたが、日本兵はその子を奪い、その後どうなったかもわからないとのことでした。
このような壮絶な被害体験をした女性に、12.28合意後の安倍首相の一連の言葉はどのように受け止められたでしょうか。12.28合意とは、まさに暴力そのものです。

とても重たく、しかし日本に暮らしている私たちにとっては絶対に逃げることのできない課題だと、改めて思い知らされました。(だい)

(つづく)

集会報告 | 21:08:25
【アジア連帯会議初日】レセプション
今日から3日間、韓国ソウルにて第14回アジア連帯会議が開催されます。
初日の今日はレセプションです。各国から被害者・支援者が集まり、1年ぶりの再会を喜びました。
前回のアジア連帯会議の後、12月28日の日韓「合意」があり、情勢が大きく動きました。韓国の被害者が「私たち抜きにされた合意など無効だ」と叫ぶ一方、安倍・朴槿恵政権は粛々と「合意」に基づく財団づくりに邁進しています。そのような政治状況は、今日のレセプションにも反映していました。
前回ソウルで開催されたアジア連帯会議のレセプションは国会に併設された施設で開催され、国会議長をはじめとして実力のある政治家が姿を見せていました。今回はそういうことはありません。しかし、それは「以前の状態に戻った」というだけのこと。各国で頑張っている被害者・支援者の元気なお姿を見て、今の政治状況を生み出した日本政府への怒りと、私たちの責任を痛感しました。
レセプションに先立ち、第1回金福童ナビ平和賞の授賞式がありました。第1回目の映えある受賞は、韓国基地村の3つの支援団体に贈られました。その受賞者のスピーチの中で、印象的なエピソードがありました。
2009年の父母の日に金福童ハルモニが基地村の被害女性に対して、このようなことをおっしゃったそうです。
「私もこれまで自分の過去のことを、自分が悪かったかのように考え、隠れるように生きてきた。でもそれは私が悪いのではなくて、国が悪かったのだ。みなさんも被害者だからといって自分を責めるのではなく、堂々と訴えていいのだ。」
この言葉は基地村の被害女性に勇気を与え、日本軍「慰安婦」被害者と日常的に交流し水曜デモにも参加しながら、現在では国賠訴訟に訴えています。
これは多くの示唆を与えてくれます。日本軍「慰安婦」問題が解決しなかったとしても、その運動は決して無意味ではなかったということです。「慰安婦」被害者たちが闘う中で成長し、他の性暴力被害者に勇気を与え、後の世代の運動につながっているのですから。
乾杯の音頭は高橋キクエさんでした。これまでの14回のアジア連帯会議に全て参加している高橋さんは、日本の売買春問題に取り組んでおられる方です。かつての韓国へのキーセン観光でのあり方を紹介していただいた上で、私たちの気持ちを代弁するような言葉で最後を締められました。
「市民として日本政府を恥ずかしく思う。このままでいいわけがない。」
レセプションでは様々な人が発言し、歌や踊りで盛り上がりました。発言の中には心に止まる言葉もありました。機会があれば紹介したいと思います。
日本からは、私たちがいつも大阪駅前水曜デモで歌っている「水曜デモの歌」を歌いました。
さて、明日明後日が本番、長い討議の始まりです。どのような議論になるかはわかりませんが、高橋さんの言われる通り、このままでいいわけがありません。しかもそれは安倍政権の責任によるものなのです。
世界中の人としっかりと議論し、日本の運動を作り上げるためのいい会議にしたいと思います。
(だい)


集会報告 | 23:32:09
映画「蘆葦の歌」上映会
蘆葦之歌-教室海報(無字)
 4月29日、関西ネットの主催で映画「蘆葦の歌」の上映会を開催しました。映画「蘆葦の歌」は、台湾の日本軍「慰安婦」被害者の尊厳回復を描いた映画です。もう亡くなられた被害者たちがどのような晩年を送っていたのか知るにつけ、私たちの果たせなかった責任を痛感せざるを得ない、とても胸に迫るドキュメンタリーでした。

 イアン・アパイさんは、被害にあった日本軍の洞窟のすぐそばに暮らしています。集落に暮らす人がみな、アパイさんが日本兵の「慰安婦」であったと知っており、心ない言葉を投げつける人もいたようです。
 「日本軍の命令は天皇陛下の命令。だれが逆らうことができるでしょうか」
 そう反論すれば、周囲の人はみな何も言えないそうですが、それでもそんな状況の中で暮らしてきたアパイさんの絶望状況を思えば、とても苦しくなります。住んでいる場所の近くにある洞窟が何度も夢に出てうなされるそうです。

 呉秀妹さんはカウンセリングの中で、加害者を赦すと言い、そして過去の自分を赦すと話しました。過去の自分が何か悪いことをしたわけでもないのに! 
 呉秀妹さんの言葉は、簡単に受け止めることができません。重く沈殿した記憶から解放されるためには、過去の自分を肯定しなければなりません。自己肯定こそが尊厳回復の鍵です。そのためには加害者をも赦さなければならなかったのでしょう。
 しかし、赦されるに値する日本でしょうか?

 陳桃さんは国会議員会館に行き、必死にこう訴えておられました。
 「お金が欲しいわけじゃない。日本に謝って欲しい。謝罪の言葉があれば他に何もいらない」
 安倍首相は、日韓「合意」で「朴槿恵大統領に電話で一度謝ったから、これ以上謝る必要はない」と答弁し、人前では一度も謝罪の言葉を口にしていません。もちろん被害者の前でも。

 呉秀妹さんが「赦す」と言ったのは自己の尊厳のためであり、そして安倍首相が謝罪を口にせず、菅官房長官が「台湾政府を相手にせず」と公言するのは、逆説的ではありますが、呉秀妹さんの高い人間性に日本政府が敗北しているようにさえ、私には映ります。



 映画を鑑賞した後、台湾の元「慰安婦」裁判を支援する会の柴洋子さんからお話を伺いました。
 名乗り出て裁判に立ち上がった支援者たちの素顔をを語っていただきました。
 映画の中の被害者たちは、笑顔がとてもチャーミングでした。しかしそれは「笑えるようになったのだ」と柴さんは言います。
 台湾の支援団体である婦女救援社会福利事業基金会(婦援会)は、被害者たちのために継続してカウンセリング・ワークショップを開催してきました。その地道な過程で被害者たちは、自分自身と向き合い、肯定し、笑顔を取り戻していくのです。
 この映画は、被害者の尊厳回復とは何かという普遍的なテーマを描いた映画であり、日本軍「慰安婦」問題にそれほど関心のない人にも観て欲しい、とてもすばらしい映画でした。
 そして、被害者が笑えば笑うほど、安倍政権の醜悪さを見せつけられるようでした。

 呉秀妹さんが亡くなられたのは2012年11月3日、「謝罪の他になにもいらない」と仰っておられた陳桃さんが亡くなられたのは今年の1月11日、あの日韓「合意」から数日後のことです。
 亡くなられた被害者のために、私たちは何ができるでしょうか?
 被害者が尊厳回復に至る道筋には、この映画の中にもあるように、柴さんのような加害国の支援者の存在が不可欠でした。私たちが日本政府を許さず、ホンキで追及し続けることこそが、被害者のために必要なのです。
 ましてや、こんな被害者たちを愚弄し続ける安倍政権を、許しておけるわけがありません。


 収益は全て台湾の「慰安婦」被害者のための博物館「阿媽の家 平和と女性の人権館」に寄付させていただきます。当日たくさんの方にご参加いただき、ありがとうございました。


 追伸:上映会当日、上映機器の不具合で参加された方々には大変ご迷惑をおかけしました。改めてお詫び申し上げます。

集会報告 | 13:25:25
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