宮本節子『AV出演を強要された彼女たち』

 宮本節子著『AV出演を強要された彼女たち』(ちくま新書)を読みました。日本軍「慰安婦」問題に関心のある人には必読の書です。

 AV被害はやっと昨年光が当てられ国会でも論議されましたが、この本を一読して私は確信しました。これは日本における現代の「慰安婦」問題です。
 日本軍「慰安婦」問題における政府の公式見解は2点に集約されるといっていいでしょう。つまり「強制連行はなかった」と「性奴隷ではない」です。つまり日本政府は「それは犯罪ではない」(あるいは業者の犯罪であって、国家の犯罪ではない)と言いたいのです。

 ではAV被害はどうなのか? 世間に流布されているイメージは、「お金儲けのために」「好きだから出演しているのだろう」です。これだけ世間に流布され、合法的に観ることのできるAVに犯罪が日常的に介在しているなんて思いません。しかしこれは犯罪です。この本はそれを確信させてくれます。

 AV出演は一応「契約」の形を伴います。ではなぜ契約に至るのか?詳細は本を読んでいただければと思うのですが、一言でいえばスカウトの巧みな話術にはまってしまうとしか言いようがありません。人気モデルになれるかのようにいい(女性はモデルと言ってもファッション誌からポルノまで幅広いことを知らない)、多額の報酬を得られるかのようにいい(不安定な職に就いている人にはそれは理想に映る)、親バレを心配する女性には「そんなに流通しないし映像技術もすごいから絶対にばれることはない」と言う。逃げ道を絶対に作りません。了承するまで続く執拗な誘い、気が付けば契約書にサインするしかなくなってしまうのです。世間では「サインをしたほうが悪い」という人が圧倒的多数なのでしょうが、社会的経験値は圧倒的にスカウトの側にあり、女性の側は20歳前後。スカウトは逃げ道を与えず、女性は巧みに追い込まれてゆくのです。
 そしてサインをしたらもう逃れられない。
 女性たちには何度も何度も耐えられないタイミングが訪れる。知らない男性とセックスを強要されることが分かったとき。撮影の最中。二回目の撮影。三回目の撮影。よりハードな撮影が求められたとき。コンビニの風俗雑誌に自分の姿を見つけたとき。商品が店頭に並んだとき。友人に噂されていることを知ったとき。ネットで映像が無限に拡散されていることを知ったとき。
 辞めたいといえば「お仕事でしょ」「この撮影のためにどれだけのスタッフが動いたと思っているの」「わがまま言うんじゃないと」と諭され、「違約金を払えるのか」と脅されます。撮影前なら100万円、何本か撮り終えた後の違約金は1000万円を超える場合もあるというから驚きです。(仕事をすればするほど経費がかさむため、損害も大きいということなのでしょう。)それでも抵抗すれば「親に話す(ばらす)」と言われ、自宅や学校に強面の男が複数人で押しかけてくることもあります。撮影が怖くなり契約を断るため事務所に単身で向き、その場でレイプされ、それを撮られた人もいるそうです。

 この本の著者は、このようなAV被害者の相談に乗り支援してきた人です。女性たちが相談に訪れるタイミングは様々ですが、AV業界から足を洗って長い年月が経つ人でも、過去の被害の記憶から逃れられないために相談に訪れるといいます。

 彼女たちの姿は、日本軍「慰安婦」被害者とまさに瓜二つです。

 日本政府の「強制連行はなかった」という言い分は、「契約したんだろ」という言い分と似ています。しかし現実に女性たちは言葉巧みに誘導され、騙されます。騙す側はプロ。社会人経験に乏しい彼女たちは格好の餌食です。それでも「騙されたほうが悪い」と誰が言えるでしょうか?

 そしてもうひとつの日本政府の主張である「性奴隷ではない」について。現代における奴隷制度の規定は、身体的に拘束されることだけではありません。例えば仕事を辞める自由がない状況。心の底から嫌な仕事を拒否できない状況(もちろん辞めることもできないという前提で。)その仕事に従事せざるを得ない社会的制度。それが「奴隷」ということです。
 AVを拒否したためにプロダクションに損害賠償請求された女性がいます。その裁判の判決文(要旨)がこれです。

 「アダルトビデオへの出演は芸能プロが指定する男性と性行為をすることを内容とするものであるから、本人の意に反して従事させることが許されない性質のものである。したがって、民法第628条により、契約を解除する「やむを得ない事由」に当たる。出演しなかったことは債務不履行には当たらない。」

 意に反した性行為は業務とは認められないのに、現実にはそれを強制される。やめたいといってもそれが許されない。それこそが「性奴隷」の本質なのです。
 人によっては「モデルの」体を作るためにジムに通わされ、プチ整形を行い、大学寮にいるものはタレント活動は不便だろからと部屋を借りられ、費用は事務所が肩代わりすることによって、彼女たちには本来の生活能力では返済できないような借金を背負わされます。違約金だけでも十分と思われるのに、騙す側はより巧妙に彼女たちを縛り上げていくのです。そして女性たちはそれが「騙された」とは思わない。自分が悪いのだと責める。
 現実問題として、著者の団体に相談に来る女性たちは「AVに出たくない」「親にばれたらどうしよう」「出回った映像を何とかしたい」という相談ではあるのだけれど、自分が被害者だと思っている人はひとりもいなかったのだそうです。契約した以上、それは仕事だからしかたがない、我慢できない自分が悪いと思っているのだそうです。多くは精神を病んで、相談におとずれるのです。
 日本軍「慰安婦」問題もそうです。被害者のすべてが自分を責めていました。日本政府が「民間業者がしたこと」と開き直ったからこそ、我慢できなくて名乗り出たのであって、そして支援団体や市民たちとの交流の中で「自分は悪くなかったのだ、日本政府が悪い。自分は被害者だったのだ」と自覚できるようになったのです。

 撮影の最中にそれを拒絶し部屋から逃げ出そうとした女性も、連れ戻され、その後撮影(レイプ)を続けられ、結果商品化された映像は本人も合意の上「嬉しそうに」見えるといいます。そのように編集するし、そもそも加害者側には被害者の気持ちなど斟酌しません。それが「加害」です。日本人の側が被害者の痛みを理解できなくても、それは痛みがなかったということにはなりません。
 AV出演を強要された彼女たちは現代における性奴隷というものを明確に示し、そしてそれは日本軍「慰安婦」被害者もやはり性奴隷であったのだと納得させてくれます。
 そしてそれゆえ、日本軍「慰安婦」問題は過去の歴史ではなく、現在進行形の人権問題なのです。
 みなさん、ぜひともこの本を手に取ってください。「性奴隷とは何か」を考える最良の書です。
(だい)

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森川万智子『文玉珠 ビルマ戦線楯師団の「慰安婦」だった私』

 語り・文玉珠/構成と解説・森川万智子『文玉珠 ビルマ戦線楯師団の「慰安婦」だった私』(梨の木舎)を再読しました。現在は増補版が出版されていますが、未入手のため、旧版でのご紹介です。

 慰安所での経験が長い被害者の語りほど、怒りが心の奥底に沈殿し表に出てこないと感じることがよくあります。抑圧された生活が長期に及べば、そこでの生活に順応することでしか生きていくことができず、怒りや悔しさを覆い隠し記憶の奥に追いやらねば心が壊れてしまうからです。

 この本の中にある文玉珠(ムンオクチュ)さんの証言は、泣き叫び苦しい心の中を吐露し、強く怒りをぶちまけることはしません。それを森川さんはあとがきで「自分が日本人だからだろう」と述べていますが、そればかりではないだろうと思います。被害体験が深ければ深いほど、被害回復もまた容易ではありません。

 文玉珠さんは二度、慰安所生活を体験しています。一度目は1940年、旧満州のソ連との国境に近い東安省で1年ほど。その後一度は生まれ故郷に帰ったものの、二度目にビルマへ。それが1942年から終戦まで。

 東安省での慰安所での体験は、ビルマ戦線ほどには詳細に語られてはいません。文玉珠さんご本人があまり語らなかったそこでの被害体験の記述を一部紹介します。

「毎日泣いた。泣いても泣いても男はきた。毎日二十人から三十人ほどの日本人の兵隊がきた。客は日本の兵隊や憲兵たちだけだった。」

 文玉珠さんはとても賢く、おそらくは少々やんちゃで、そしてとても生きる力に富んでいたのだと推察します。幼少期、キーセンになるための学校では何度か聴くだけで1曲2時間もかかるパンソリを歌えるようになるし、大牟田の料理屋では下働きをしながら歌を歌って酔客を喜ばせていたと語っています。東安省の慰安所でも李香蘭を歌って軍人を喜ばせています。

 そんな順応性を見せても、彼女は自分の心を冷静に見るもう一人の自分がいたようでした。

「それに、そのときわたしは、これ以上慰安婦を続けてはいけない、とも考えていた。心がおそろしいように荒んでいくのが自分でもわかっていた。」

 本当に、とても賢い女性なのだなと思います。

 しかし一度はうまく東安省から逃げ帰ったものの、ふたたび慰安所へと戻ることになってしまいます。「日本軍の食堂に働きに行こうよ、金もうけができるよ」と誘われて。ビルマについた時、他の女性たちは騙されたと泣き叫んだが、文玉珠さんは東安省での経験があるから、他の女性たちとは受け止め方が違ったようです。少し長いけれど、とても心に止まった一文を紹介します。

「将校たちの歓迎会や送別会などのパーティにお呼びがかかるようになってきた。わたしは金になるのだからと自分を納得させて、パーティにも行ったし、とにかく一生懸命に働いた。もちろん、わたしは珍しい例で、慰安婦がみんなわたしたちのようだったわけではない。

 日本語が覚えられなかたり、慰安婦の生活にどうしても慣れることができない娘もいた。そういう娘は、軍人が言葉をかけても返事をしないし、反抗的な態度をとる。そうすると軍人は、ただ勝手に行為だけすまして帰るし、いらいらして余計に慰安婦に乱暴するようになる。殴られたり、蹴られたりということにもなる。かわいそうに、乱暴される娘はいつも決まっていた。どんなに抵抗してもわたしたちは逃げることはできないのに……。

 男の相手をしたくないという気持ちはわたしも同じだけれど、慰安所ではそれは通用しない。娘にとっても兵隊にとっても、お互いに辛く惨めなことだった。」

 文玉珠さんの証言は、日本軍「慰安婦」問題を否定したい人たちに利用されています。軍人からもらったチップをこつこつとためていて軍事郵便貯金をして、戦後その引き出しを日本政府に求めたために、「高級娼婦だった」とも。

 文玉珠さんは長い慰安所生活の中で一度も業者からお金を受け取ったことはないと証言していますし、その額についても日本軍支配の崩壊によって役に立たなくなった軍票であり資産価値などなかったことはたくさんの研究者が立証していることですが、そのことはここでは置きます。

 文玉珠さんは慰安所の中でとても「うまく」振る舞ったので、たくさんのチップを受け取っただけの話です。文玉珠さんのもとに通った多くの兵士にとって軍票などなんの役にも立ちませんから、不思議なことでもなんでもありません。否定派の言うことなど信用に足らないと、少し考えればわかることです。

 ここで考えたいのは、先述した「うまく」の中身です。

 朴裕河は言います。「被害者だが同志的関係にあった」と。

 文玉珠さんの証言の表面だけを追えば、たしかに慰安所での生活に適応したように見えます。歌を歌って兵士を和ませ、特別な「スーサン」もできます。(慰安所における擬似恋愛は文玉珠さんに限った話ではなく、よく聞かれる話です。)証言の中でなんども「日本兵はかわいそうだった」ということも聞かれます。これが朴裕河のいうところの「同志的関係」なのでしょう。日本軍「慰安婦」制度が日本軍と一体のものであり、皇軍が侵略戦争を推し進めるためのものであったこと、そして女性たちの中には自分の気持ちを兵士と一体のものとして考えるようになったからといって……つまり、彼女の心まで奴隷状態にさせられたからといって、「同志的関係」という言葉が適切なのでしょうか?

 たしかに文玉珠さんは「うまく」生きたのだとは思います。「うまく」生きられない女性たちは兵士に殴られ、足蹴にされ、強かんされ続けました。しかしそのことは文玉珠さんが「強かんされなかった」「売春婦だった」「被害者ではなかった」ということにはなりません。性奴隷ではなかったということにはなりません。

 文玉珠さんの心の奥の奥に抱える苦しみが、 なかったということにはなりません。

 慰安所という異国の限られた空間に放り込まれ、周囲は日本兵ばかりで、なにが正しくてなにが間違っているのか判断する尺度さえ日本軍に奪われた状況で、日本兵に「うまく」合わせることが「同志的関係」なのであれば、それは誰の立場にたったものの見方なのでしょうか?

 人生に辛いことがあったはずなのにそのことは口にせず、楽しかった過去ばかりを話すというのは、なにも文玉珠さんに限った話ではありません。わたしたちの身近にもそんな人はたくさんいます。辛いことが深ければ深いほど、人はそれを語ろうとしません。

 戦場の中で生きた5年間を人に話す時、そこに語れない苦しみが明るい語りの後ろに隠れていることを想像することは、それほど難しいこととは思えません。

 文玉珠さんは、このようにもおっしゃっていたそうです。

「もう、もう……、慰安婦だったということは、忘れようと思っても忘れられない、消そうと思っても消せないことですよ。わたしは、前世でどんな悪いことをしたからこんな報いを受けたのか、と思っています。」

「わたしはあのとき、一生懸命慰安婦をしていました。酒をのみ、たばこを吸い、歌を歌って……。爆撃を受け、逃げまどったり、ジャングルの中を何日もひもじい思いをしながら歩きに歩いたですよ。もう話にもならない。」

「わたしは人間じゃなかった。あのときわたしは人間じゃなかった。」

 文玉珠さんの苦しみがどれほど深いものだったか、私たちに寄り添う気持ちがあれば十分読み取ることができます。

 いま、日本軍「慰安婦」問題についての日本人の感じ方は、「嘘」という一部の主張と、圧倒的大多数の無関心です。日韓合意に関しても「韓国がまた蒸し返している」という主張ばかりで、誰も被害者の苦しみに向き合おうとしてしていません。

 文玉珠さんの証言についても、否定派は自分の都合のいいようにねじ曲げて利用しますが、彼女の苦しみに少しでも向き合おうとしたのでしょうか?

 みなさん、被害者の証言に、まずは向き合ってみてください。その人がどんな人だったのか、知ることから始めてください。

 私たちは4月21日(金)18:30から、大阪市立総合生涯学習センターにて、この本の著者の森川万智子さんをお招きして学習会を開催します。ぜひともご参加ください。

上間陽子『裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち』

上間陽子著『裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち』(太田出版)を読みました。沖縄の5人のキャバ嬢と1人の援交をやっていた、10代(18歳未満も含む)の女性からの聴き取りが掲載されています。

ここに描かれている女性たちの共通項は、貧困と暴力です。ある程度想像はしていたことでしたが、こうやって活字となったものを読むとなかなか辛いものがあります。貧困に生まれ、生育する家庭環境が崩壊し、中学生でドロップアウト。両親からネグレクトされ彼氏からDV被害にあい、多くは出産してひとりで子を育てなければならず、生活のために割がよくて時間が制約されないキャバクラで働くことを選択せざるを得なくなります。10代で、しかも子どもを育てるとなると、選択肢はやはりここしかないのかという予測された絶望です。

文間からにじみ出る著者の労力を見つけるにつけ、心の中に闇や矛盾を抱えている女性たちに寄り添うことがどれだけ困難なことかということを考えてしまいます。

そしてこれらの体験は、日本軍「慰安婦」被害者となんと似通っていることか。朝鮮半島と台湾、つまり植民地下での「慰安婦」被害者の多くはやはり絶対的な貧困にあり、学校で最低限の教育を受けることも叶いませんでした。被害者たちは「自分がもっと賢かったら他の選択肢もあったのに」などと自分を責めますが、その「自己責任」はどの程度まで正当なのか。彼女たちにそれほど選択肢があったとは思えません。自己責任ということにしたい人たちは、結局は絶望的な境遇というものを理解していないのです。強制連行がなかったとしても、国家が罪をまぬがれる理由にはなりません。

本の帯で社会学者の岸政彦さんが「それは私たちに他人にとっては、不利な道を選んでいるようにしか見えないかもしれない」と厳しい批判を世間に対して寄せています。一人ひとりの体験談は、たしかに避けることのできない困難から最良の選択をしているようにしか見えません。社会はそれほどに冷淡です。

この本の中でも、妊娠して暴力的な彼氏に苦しんでいる時、生活保護課からは「世帯分離ができていないから保護の対象にはならない」、社協からは「まだ殴られてないのでシェルターはムリ」といわれています。たしかに制度上はそのとおりです。でもそれは冷淡です。役所が冷淡なのではなく、制度が、社会が冷淡なのです。

安倍首相なら「親が悪い」ということになるのでしょうか? そんな社会を治すためにも憲法24条を変えなければならないとでも。しかし彼女たちのはなんの罪もありません。貧困と暴力の連鎖は、個人の責任ではなく、まずは社会で抱えなければならない問題だし、貧困が解消しない限り絶対に解決しない問題です。ましてや国の考える教育政策などでなんとかできるはずがありません。

実はこの本を手にした目的は、現代の性風俗産業における奴隷制度を確認したいからということにありました。しかし、この本に書かれた女性たち5人はキャバ嬢だったので、それを読み取ることはできませんでした。売買春ではないキャバクラは、借金を抱えた女性がその返済のために拘束されるほどの「いい収入」ではありません。奴隷制度の前提として「本人の意志で辞めることができない」ということがあり、キャバクラはいつでも辞めることができます。

ただ、辞めることができるということと、他に選択肢がないということは、どれほど違うのでしょうか。

彼女たちの体験を読むことは、こんな社会はおかしいと確信するには十分です。

援交をやってる女性は、キャバ嬢よりも壮絶でした。家出し、日々の糧を得るために毎夜違う男性と性行為します。そのうちに彼と付き合うようになってからは、彼との生活のために援交を。その彼女の話からは、性を売るということがもつ本質的な矛盾を感じずにはおれません。

きっと彼女は自分の体験を誰にも言えないまま生きていくのでしょう。(日本軍「慰安婦」被害者と同じように。)

この女性だけが、著者が今では連絡が取れなくなっているということも、その絶望の深さを感じずにはいられません。

著者は琉球大学の教授で、非行少年少女の研究をしています。イロモノではない、しっかりとした書物で、信頼に値すると思います。また、この本の売上は「強姦救援センター・沖縄REIKO」に寄付されるそうです。

日本軍「慰安婦」問題からはほんの少しテーマがずれるのかもしれませんが、本質的なところではそれほど違いないのではと思い、ここに投稿します。

機会があれば一度手にとってみてください。

(だい)

植村隆『真実 私は「捏造記者」ではない』

植村隆著『真実 私は「捏造記者」ではない』(岩波書店)を読みました。

植村さんは言わずと知れた、産経新聞や右派論壇に「捏造記者」と猛バッシングを受けた人。1991年8月11日、金学順さんが名乗り出る3日前に彼女の証言テープを聴いて朝日新聞にその第一報を書いたために言われもない批判を受けることになりました。朝日新聞を退職し松蔭女子学院に就職が決まっていた植村さんに対するバッシングは苛烈を極め、娘までもが殺害予告を受け、松蔭の職を失うことになりました。現在は西岡力と週刊文春に対する名誉毀損裁判を東京地裁で、櫻井よしこと週刊新潮・WiLL・週刊ダイヤモンドに対する名誉毀損裁判を札幌地裁で闘っています。

日本軍「慰安婦」問題という側面でだけみれば、植村さんが特筆した仕事をしたとは思えません。日本軍「慰安婦」問題がここまで大きな問題になったのは金学順さん自身が名乗り出たからであり、「記事が」ではなく、金学順さんの存在そのものが社会にインパクトを与えたからです。それに植村さん自身が書いているように、植村さんの配偶者が太平洋戦争犠牲者遺族会の幹部の子だということもあって、「慰安婦」問題からは距離をおいていたのだといいますし。

植村さんの記事は「強制連行」とは書いていませんし、「挺身隊」という言葉は当時の韓国では「慰安婦」と同義でした。当時の記事に接した人も、「慰安婦」か「挺身隊」かということで「捏造」などと思った人はいないのではないでしょうか。ましてや植村さんの記事では「強制連行」とは書いていないのに、批判する当の産経新聞では「強制連行」と書いているのですから。植村さんに対する誹謗中傷は、全く的外れです。

結局は、第一報を朝日新聞に書いたのが植村さんだったということと、植村さんの義母のことがあって「叩きやすかった」というだけにすぎません。そして奴らにとってみれば「慰安婦」問題の事実が何かということよりも、「慰安婦」問題を「叩く」ことこそが必要だったということなのでしょう。

今でも「強制連行はなかった」「性奴隷ではない」と、右派論壇ばかりか安倍首相自身が公言してはばかりません。もちろんそれは事実ではないのですが、「捏造記者」というレッテルと同様、事実が事実として通用しないのが今の日本です。

しかし、そういういわれなきバッシングを受けた被害者……というイメージだけで植村さんの人となりを捉えてはいけないのだということが、この本を読んでよくわかりました。

学生時代から韓国の民主化運動に関心を寄せ、ソウルでの語学留学時代にも手書きのミニ新聞で韓国情勢と日本の戦争責任を発信したそうです。大阪社会部時代には夕刊に「이우 사람(隣人)」というコラムを書き、在日コリアンの置かれた状況を報じました。特に在日韓国人政治犯問題には強い関心をもって取り組んだのだそうです。

その流れでの「慰安婦」問題です。金学順さんが名乗り出る前の1990年には「慰安婦」被害者の証言を取るために訪韓するも空振り。1991年に先述の第一報を報じますが、その後「慰安婦」問題については記事を一つ書いただけでテヘランへ異動することとなり、先述の通り本人の意志もあって距離をおくことになります。

韓国の民主化運動と在日コリアンの社会に対する植村さんの姿勢には、強く共感します。また1990年の取材中に知り合った彼女と、彼女の親の反対を押し切って駆け落ち同然で一緒になった愛を貫く生き方にも、感銘を覚えます。

金学順さんが名乗り出た直後、植村さんが当時雑誌「MILE」に書いた記事にこうあります。

「太平洋戦争回線から50年たって、やっと歴史の暗部に光が当たろうとしている。この歴史に対して、われわれ日本人は謙虚であらねばならないし、掘り起しの作業を急がねばならない。放置することは、ハルモニたちを見殺しにすることに他ならないのだ」

「慰安婦」問題からいったん距離をおいた植村さんは、先日、週刊金曜日に(自身の裁判等のことではなく)「慰安婦」問題の記事を書きました。25年たって、初めてのことだそうです。

その記事のことはこの本で知ったのではなく、この本を買う機会になった2月23日の大阪での集会で、植村さん自身がおっしゃっていたこと。

バッシングを受けた人間が立ち上がり、理不尽な攻撃をした者を裁判で訴えるなかで自分の正しさを再確認し、そして今また日本軍「慰安婦」被害者に向き合い、記事を書いています。とても素晴らしいことだし、わたしたちも勇気をもらったような気持ちになります。

きっと裁判には勝利するだろうし、またそうなるために私たちも努力しなければならないと改めて思いました。植村さんにかけられた攻撃は植村さん個人に対する攻撃ではなく、日本軍「慰安婦」被害者に対する攻撃であるし、日本の民主主義にかけられた攻撃です。

植村隆さんを応援しましょう!

そのためにも、この本をぜひ読んでください。

(だい)

演劇『白い花を隠す』

演劇『白い花を隠す』を観ました。石原燃作、小笠原響演出、Pカンパニー公演。女性国際戦犯法廷のNHK番組改ざん問題をテーマにした演劇です。下請けの番組制作会社を舞台にお話が進みます。

序盤、男女二人のディレクターの口から、戦犯法廷の意義が熱っぽく語られます。被害を受けた女性が口を開くことの重たさや衝撃、今なお続く戦時性暴力を克服するためにもこの戦犯法廷が重要だということ、そして責任者処罰の重要性がしっかりと描かれていました。被害者に寄り添いたいという姿勢をしっかりと描けていることで、「慰安婦」問題という難しいテーマにも関わらず、物語に深く感情移入できました。

物語の中盤、重要なファクターとなっている女性が、男性ディレクターに対してこう語りかけるのが、とても印象的でした。

「死者の声を聞きましたか?」

日韓合意以降、わたしたちは死者の声を特に意識するようになりました。生存している被害者は少なく、生きている被害者も病床にいたり認知症で物事の判断ができない人が多く、あのハルモニならこんなときなんと言っただろうか、あのロラならどのような行動をしただろうかということをよく思います。

2000年の戦犯法廷のときに、世界各地から被害者が東京に来て証言を行いましたが、その時ですら証言する被害者の背後には多くの亡くなられた被害者がいました。

裁きは生者のためだけにあるものではありません。

もちろん「合意」とやらも。

ディレクターのふたりは被害者に寄り添おうとして、しかしその熱い思いはNHK上層部の介入によってズタズタにされていきます。その背後に中川昭一(当時経産相)と安倍晋三(当時官房副長官)の圧力があったことは周知の事実ですよね。物語にはキャラクターとしての中川・安倍は登場しません。でも現場での焦燥と、NHKからの指示に従って番組を改変せざるを得なかった人の思い、そしてそのような改変に手を染めることのできない人の思いが、辛いほど伝わってきました。

制作から手を離し素材をNHKに渡すくらいなら、せめて、それでも、なんとか、すこしでもマシな番組にしたいという人の思い。ましてやNHKから仕事を受注する会社としては、食べていくために仕方がないのだという思い。

だがしかし、改変に手を染めることがジャーナリズムの道に反することであり、そしてなによりも被害者の気持ちを裏切っていくのだという思い。

結局は、「せめて、それでも、なんとか、すこしでも……」の積み重ねで今の2017年があるのだということを実感しました。

女性国際戦犯法廷はヒロヒト天皇らの戦争責任を裁きましたが、日本社会はそれを無視することで不処罰を貫きました。マスコミは報道しないことで、唯一報道しようとしたNHKは安倍の圧力に屈することで、そしてこの制作会社も「食べるために」改変に手を貸すことで、不処罰を貫いたのです。そして不処罰を貫いた結果の、犯罪的な安倍晋三を内閣総理大臣にまで支持し続けた結果の、日韓合意です。戦争責任はヒロヒト天皇らにありますが、不処罰の責任は、不処罰を貫くことで被害者たちをいまもなお傷つけている責任は、私たちにあります。

とても考えさせられる演劇でした。

明日も伊丹アイホールで、2月18日~3月5日はシアターグリーンBOX in BOX  THEATERで上演されます。みなさまぜひご覧になってください。

(だい)

琉球放送『 Born Again~画家 正子・R・サマーズの人生~』 

琉球放送『 Born Again~画家 正子・R・サマーズの人生~』 を観ました。

正子・R・サマーズさんは沖縄に生まれ、戦後米軍人と結婚してアリゾナに渡り、後半生を画家として暮らしました。昨年9月に亡くなられたのですが、その人生を手記にしたためたため、注目を集めました。その波乱の人生には本当に驚かされました。

正子さんは4歳で遊郭に売られ、戦争が終わるまでジュリとして生きました。小さい頃から芸事を身につけ、年頃になってからは売春の仕事に従事するようになります。沖縄戦前夜、日本軍が中国戦線からたくさん送り込まれてくると、沖縄のジュリたちは「慰安婦」として日本軍の中に組み込まれていきました。正子さんは多くの兵士の相手をするようなことは免れたらしいのですが、正子さんの周囲のジュリは多くの兵士の相手をさせられることになり、「地獄のよう」と正子さんはおっしゃっていました。一時は沖縄の32軍司令部壕にもいたそうです。

沖縄の遊郭制度は日本の遊郭制度とはまた違い、女性だけの社会です。廊主を「オンマー(お母さん)」と呼び、擬似的な親子関係の中で形成されています。それでも奴隷制度であることは変わりありません。

わたしがとても印象的だった番組の中のエピソードは、戦後、米軍の保養ビーチで働いている正子さんのところにオンマーが来て、「まだ借金が残っている」と那覇の遊郭に戻ることを強要したことでした。正子さんは米軍の施設で一生懸命お金をため前借金を返済するのですが、結局自分が元ジュリであり人々から差別されていることがとても苦しかったと証言されていました。そしてそれが米軍人と結婚してアメリカに渡ることを選択する大きな原因となったようでした。

「性奴隷ではなく売春婦だった」というのは、「慰安婦」問題を否定する言説としてよく語られます。正子さんの証言の中ではジュリが「慰安婦」制度に組み込まれてとても過酷な状況に追い込まれたということが語られましたが、しかし彼女が生まれ育てた地から逃げ出す動機となったのは、彼女がジュリであったという過去から逃れるためでした。「売春婦だったから問題ない」という言説は、正子さんのような当事者にとってどれほどひどい、心を傷つける言葉であるか。

そもそも「性奴隷ではなく売春婦だった」という否定派のスローガン自体が矛盾です。正子さんのように貧困の中で売られ、前借金で縛り付けられ売春を強制されることは、性奴隷制度そのものです。

番組を観て、現実にその歴史を生きてきた人が証言をしているということに、本当に心が震えました。そして一人ひとりの苦しみにしっかりと向き合うことからまずは始めなければならないと、あらためて心に刻みました。

多くの人にこの番組をみてもらい、まずは被害者と向き合うことの大切さを知ってほしい。日韓「合意」で「慰安婦」問題は日韓問題のような空気がありますが、そんなことはありません。アメリカに移り住んだ沖縄の被害者がいたということをもっともっと広めたいです。

(参考)

沖縄タイムス記事

プロデューサー原良和さんのフェイスブック

(だい)

マルセーラ・ロサイア著『サバイバー 池袋の路上から生還した人身取引被害者』


マルセーラ・ロサイア著『サバイバー 池袋の路上から生還した人身取引被害者』(ころから)読了。
息もつかせぬ展開に飽くことなくほぼ1日で読み終わった。体験談というよりは、何かの小説を読んでいるようだった。
貧困の中に暮らしていたコロンビアの女性が、「ダンサーで働けば貧困から脱出できる」と欺されて不法入国し、ヤクザの支配する世界で売春婦をさせられる……一言で言ってしまえばそういうお話だが、滞日18ヶ月の間にこれでもかと言わんばかりの事件が起こる。舞台は池袋の路上から木更津のピンサロ、場末のストリップ劇場、そして横浜の路上に。その間主人公は外国人ばかりが集まるクラブに出入りしたり、ヤクザの大ボスと恋愛関係に陥ったり、強盗事件に関わったりと、息をつかせぬ展開が続く。これは本当に実話なのだろうか、誰か優秀な文筆家の創作ではないかと錯覚に陥ってしまう。しかし、仮に主観を交えた誇張や創作が幾分あったとしても、これは紛れもなく現実なのだ。
この本は、奴隷制度の本質を的確に教えてくれている。
女性の全てを支配するマニージャ(マネージャー)の存在。マニージャは最初に彼女にこう言った。
「1、毎日2万円を支払うこと。
2、働く許可を得るために外でヤクザに1万円払うこと。
3、この家の家事を手伝うこと。それで部屋代と食事代の支払いとする。
4、支払いができない場合、借金の利子がつき始める。
5、今の借金は500万。おおよそ2億ペソだ。(そんなのすぐに支払えるさ。ペソに換算しないことだね。それをしたら安眠できなくなるよ。あんたのパスポートはあたしが預かる。もし金を払わなくて逃げようとしても、コロンビアの家族を探し出して、あんたが現れるようにご挨拶させてもらうからね、分かったかい?)
6、振る舞いが悪い場合、あんたをヤクザに売りつける。ヤクザはあたしみたいに優しく扱ってくれないよ。それも借金が倍になるさ」
そしてマニージャは借金や暴力で女性を肉体的に支配するだけでなく、精神までをも支配した。マニージャの目を盗んで友人とクラブに遊びに行っても、借金返済のために友人の持ちかけた強盗計画に関わりかけた時も、彼女はマニージャの精神的な支配に苦しんでいた。彼女に自由は存在しない。友人と笑うことはあるし、ヤクザと恋に落ちることもある。でもそれは彼女が奴隷でないということにはならない。彼女がマニージャの所有物であるということには変りがない。彼女が奴隷でなくなるためには、借金を払い終わるか、マニージャを殺すしかない。
そもそも、彼女は借金を返すために「仕事をしている」と思っている。借金は借金、仕事は仕事であるにもかかわらず、彼女は借金で支配され、それを返済するために彼女はマニージャの言うことには従順でなければならないし、彼女の用意した売春業に従事しなければならないと思っている。そしてそれに反したら、ヤクザに売られるし、家族が殺されるとも思っている。そのような「労働契約」など無効でしかないのだが、抵抗する手立てがない。抵抗する精神さえ奪われる。
「生活とは呼べない生活、中身のない私の世界、尊厳も愛もなく、自尊心やアイディンティティまで失ってしまった。自分が存在しているのかも分からなかった。自分では選ばないような服を着て、したことのない様な化粧をし、厚底のヒールを履き、私の好みからかけ離れたミニスカートをはいていた。髪はくすんで色が褪せ、使いすぎた膣は乾ききっていた。それに、性欲というものが失せた。女性であることを捨てていた。愛されていると感じることがなくなってしまった。21歳の女性にとって、その感覚は大切なことだった。私はトランクの中に夢をしまい込んでしまった。決して自分で受け入れることは出来ない人格……しかし、与えられてしまった以上その人格を保ち続けるしかなくなっていた。」
彼女・マルセーラの置かれた境遇が、韓国や台湾の日本軍「慰安婦」被害者ととても似通っていることに、すぐに気づく。
右派は「売春婦だった」「自由があった」などと主張し、被害者を否定する。その文脈で行けば、マルセーラも「売春婦だった」し「自由があった」。地獄の底で僅かな自己肯定を見出すためにヤクザの親分と恋愛関係に陥ったり、自由のために強盗を企てたりするが、それでも彼女は自分の仕事を辞める自由はなかった。10日に一度の
マニージャへの支払いを逃れる自由はなかった。自分の着たい服を着る自由さえなかった。
そして自分が性奴隷であった、人身取引の被害者であったと気づくのは、いつも解放されたあとなのだ。
彼女が覚えた最初の日本語が「ニマンエン」……自分の値段が最初に覚えた日本語だなんて、絶望しかない。
米国務省が発表する人身取引年次報告書にて、2004年に日本は「人身取引の被害者の最終目的地になっている」「人身取引犯罪をなくすための最低限の取り組みが見られない」と指摘され、「第2ランク監視対象国」と評価されている。その状況が2016年の今も、変わっているとは思えない。
かたや日本では「被害者ではなく売春婦だ」と主張し、日本軍「慰安婦」被害者を貶めようと躍起になっている人たちがいる。そして当の日本政府も「性奴隷という言葉は適切ではない」と、臆面もなく国連などで主張している。恥ずかしい限りだ。
もし韓国のハルモニや台湾のアマたちが性奴隷でないのなら、人身取引犯罪の被害者でないのなら、辛い苦しみを乗り越えようとこの本を書いたマルセーラは被害者ではないのか?
被害は過去のものではない。今も街角に立つたくさんのマルセーラにも、そして日本政府から謝罪を受けることもないまま最晩年を迎えているハルモニやアマにも。
現代の奴隷制度について考える最良の一冊です。そしてなぜ今、日本軍「慰安婦」問題を解決させなければならないかを知るためにも。
(だい)

映画『阿媽 おばあさんの秘密 ~台湾籍「慰安婦」の証言』

映画『阿媽 おばあさんの秘密 ~台湾籍「慰安婦」の証言』(1998年)を観ました。台湾の被害者たちの証言をまとめた、ドキュメンタリーです。
とても重たい映画でした。もちろん被害事実そのものが重たいのですから当然なのですが、被害者たちが「50年間、親にも夫にも秘密にしてきた」「日本を恨んでいる、赦すことはできない」などと告発される姿を今日改めて目の当たりにすると、この20年間罪を認めず、誠意のある謝罪も賠償もしてこなかった日本政府の犯罪性を突きつけられるようで、とても辛くてたまりませんでした。
この映画には十数人の証言者がでてきますが、共通するのは、慰安所に入れられ被害を受けるまで、誰も自分が「慰安婦」とされることを知らなかったということです。
漢民族の被害者のほとんどは「食堂で働き口がある」などと騙され、ビルマや海南島やフィリピンなどに送り込まれました。拒絶すると殴られ、遠い外国で逃げ場もなく、何よりも当時の自分たちは年端もいかない年齢だったので従わざるをえなかったのだと言います。無事台湾に戻ってきても、その被害を誰にも言えなかったというのですから、その絶望はとてつもなく深いものだったでしょう。
一方、先住民族の被害者の多くは、自分の住む村々に駐屯してきた日本軍によって性暴力被害に遭っています。被害に遭った場所が自分の生活圏であり、周囲も自分の被害のことを知っている。閉鎖的かつ封建的な社会にあって、被害を受けることは、その後の人生もうしなわせるものでしかありません。ある被害者が、自分が被害に遭っていた洞窟(日本軍の倉庫)で証言をされている映像を観て、心が押しつぶされそうでした。
また映画の中で慰安所に関わった台湾人の証言も出てきますが、これを見ると「業者のせい」と主張することで日本政府の責任を免罪しようという企みも、全く事実に反しているとわかります。
日本政府は先日の日韓「合意」でも、日本軍の関与を認めていますが、これは「関与」なんて生易しいものではありません。直接的な加害行為・犯罪行為でなくて、一体何だというのでしょうか。
日韓「合意」を受け、台湾の馬総統は日本政府に対して同様の対応を求めましたが、菅官房長官は台湾政府とは交渉する気がないことを明言、バッサリと切り捨てました。このような態度でいる日本政府のどこに誠意があるでしょうか。日本政府が認めた「責任」とは一体何で、「おわび」とは誰に向けられたものなのでしょうか?
今こそ台湾をはじめとして、日本が占領支配した全ての地域にいる被害者の声に、耳を傾ける時です。(だい)

映画『太陽がほしい』

班忠義監督の映画『太陽がほしい』を観ました。前後編合わせて3時間の大作です。山西省の「慰安婦」と呼ばれた性暴力被害者の20年をまとめたドキュメンタリーです。いまは亡くなられた被害者たちを今日改めて目の前にして、たくさんの思いを抱きました。
歴史を否定したい人たちは、被害者を個として見ようとしません。「20万人は嘘」「強制連行はなかった」なとど主張することで、あたかも「慰安婦」問題はなかったかのようにデマを振りまきます。しかし私たちにとって、被害者とは名前を持ったひとつひとつの人格です。10人いれば10通りの苦しみが、10万人いれば10万通りの苦しみがあるのです。
そしてこの映画は、万愛花さんや郭喜翠さん、劉面換さんなど、一人ひとりの犠牲者のどの生もかけがえのなかったものであり、そのひとつひとつを日本軍は奪っていったのだと教えてくれます。
これほど明らかな戦争犯罪がありながら、私たちは未だ日本政府を追及しきれず、「不可逆的」などと平然と言ってのけることを許していることに我慢がなりません。
先日、国連女性差別撤廃委員会の対日審査で杉山外務審議官は、「強制連行は確認できない」「20万人は裏付けがない」「『性奴隷』は事実に反する」などと言いましたが、この映画を観てもなお、同じことがいえるのでしょうか。
郭喜翠さんは性奴隷として監禁されている生活の間、便意もないのにウソを言って、陽の当たらないくらい慰安所からでて、トイレからそっと太陽を眺めていたそうです。このエピソードは映画のタイトルの出自にもなっていますが、この絶望を、安倍首相に、杉山審議官に、本当にわからせてやりたい。
そして、万愛花さんの亡くなられる直前の言葉が、本当に私の胸に突き刺さりました。万さんは、死の間際にあっても、日本政府を裁判で訴えることを考えておられたようです。
「謝罪してほしい。罪を認め、頭を下げて賠償をするべきです。裁判が続かないと日本の友人の顔に泥を塗ることになる。日本政府は見くびっている、日本の友人たちを。
最後まで闘う。政府に対して圧力をかけなければ。ここまで来たんだからやり抜く必要がある。私が死んでも鬼になって闘う。魂となって皆と共に闘う」
「被害者が生きているうちに、被害者が望む解決を!」と私たちは叫び続けてきましたが、今回の「合意」によって解決は遠のき、そうこうしているうちも被害者はひとり、またひとりと亡くなっていっています。裁判を闘った山西省の女性たちは、いまは誰もご存命ではありません。
今日、私たちは万愛花さんが信頼をよせた、日本政府を追い詰めるだけの力を持った「日本の友人」であるでしょうか?
時に落ち込み、絶望することはあったとしても、私たちは万愛花さんの「日本の友人」であり続けたいです。鬼神がそばにいてくれるだけの、価値のある私たちでありたい。
万愛花さんが鬼神となって私たちと共にいる、そういうこれからの日々でありたいと、決意を新たにしました。(だい)

映画『鬼郷(クィヒャン)』

映画『鬼郷(クィヒャン)』を観ました。姜日出ハルモニの絵画から着想を得たという、日本軍「慰安婦」問題をテーマにした映画です。

慶尚南道の故郷から中国東北部の慰安所に連れて行かれた少女が、友だちと一緒になんとか生き抜いていこうとする、そういうお話です。ひとつひとつの出来事に「誰かの被害証言の中にこういうことがあったなあ」と思い、とても平常な心では観ることができませんでした。

しかし、この映画の素晴らしいところは、過去の描写のみにあるのではありません。巫堂(ムーダン)の養女である性暴力で心に深い傷を受けた少女が、過去と現代との依代になって、観ている人をぐっと画面に引き込ませ、これは過去の話ではないのだと教えてくれます。そう、これは今を生きる私たちの問題です。そして、胸の奥に沈殿した恨を解くことがどれだけ大切か、改めて考えさせる映画でした。

この映画は劇映画としてとても秀逸です。誤解を恐れず言えば、日本政府を糾弾するような政治的な映画ではありません。政治的なことを知らなくても受け止めることができるでしょうし、そういうふうに「感じる」映画です。
日本軍「慰安婦」問題をなかったことにしたい人たちは、「ありえない」「そんな証拠はない」と粗探しに熱中し、この映画を攻撃するでしょう。しかし、それは本当に「ありえないこと」ですか?
この映画では、被害者を日本兵が殺すシーンがあります。政治家も含め否定したい人は「そんな証拠はない」と主張していますが、明日をもしれぬ前線にあって、人間性を喪失した兵士が弱い立場の女性を陵辱し、殺害にいたるという行為は、「ありえないこと」ではありません。
百歩譲って兵士が被害女性を殺したことがなかったとしても、肉体的には殺さなかっただけ、精神の上では殺しているのも同じです。大勢の女性を慰安所に監禁軟禁し、拒絶する女性を集団でレイプしたのであれば、それは大量殺戮と何が違うでしょうか。
もしあなたが「ここまで残酷なわけがない」と感じるのだとしたら、加害者側と被害者側とでは、同じ事象でも見え方が全く違うのだということを知る必要があるでしょう。
そしてなによりも、劇映画とは、そういう想像力をたくましくして「感じる」ものなのです。

この映画は日本軍「慰安婦」問題だけではなく、普遍的なテーマを含んでいます。そういう劇映画だからこそ、この映画はきっと世界中で受け入れられるでしょう。韓国では興行的に成功するでしょうし、欧米でも高い評価を受けると信じています。
日本では?
それは私たちの、これからの課題です。
(だい)
鬼郷

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日本軍「慰安婦」問題・関西ネットワーク

Author:日本軍「慰安婦」問題・関西ネットワーク
わたしたちは日本軍「慰安婦」問題解決のため、関西を中心に活動しています。

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