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日本軍「慰安婦」問題・関西ネットワーク

Author:日本軍「慰安婦」問題・関西ネットワーク
わたしたちは日本軍「慰安婦」問題解決のため、関西を中心に活動しています。

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映画『“記憶”と生きる』
 十三の第七藝術劇場にて、土井敏邦監督の『“記憶”と生きる』を観ました。3時間半が全く長く感じない、とても貴重なドキュメンタリーでした。
 この映画に出てくるハルモニたちとは、もう誰とも会うことができません。『“記憶”と生きる』とは全く文字通りの意味。私たちがハルモニたちの“記憶”と生きるために何が必要なのか。その重みを噛みしめる映画でした。

 第1部は「分かち合いの家」。姜徳景ハルモニを除いたハルモニたちの証言を丁寧に映し出しています。
 金順徳ハルモニの証言に泣きました。
 「お金じゃなくて、歴史に残したくないのだ。悪いことをしたと、日本は認めたくないのだ」
 「私たちにも尊厳がある。お金が欲しいんじゃない」とも。
 李容女ハルモニは、「何回喋らせれば気がすむんだい」とおっしゃっていました。

 「慰安婦」にさせられたという被害体験だけでなく、その後の人生も堪えがたいほど狂わされたという重みが、とても強く伝わっています。被害申告しようとすると家族に反対され、申告したらしたで一向に解決する気のない日本政府に苛立ち、夜も眠れないハルモニたち。

 この映画が撮られた当時、私は、日本政府はお金を払いたくない(戦後補償のパンドラの箱を開けたくない)のだと思っていました。でもそれは私の勘違いでした。姜徳景ハルモニや金順徳ハルモニのいう通りです。日本は加害の歴史を認めたくないのです。安倍談話で、それは本当にはっきりしました。
 日本政府は今も(20年経った今も!)加害の歴史を認めたがりません。安倍談話からは加害の事実には全く触れないまま、反省も謝罪もありませんでした。河野談話で約束された歴史の継承は、教科書から削除されたことによって反故にされたままです。
 ええ、ハルモニのおっしゃられる通りでした。20年前のハルモニに教えられました。

第2部「姜徳景」。
 そして、やはりこの映画の中心は、姜徳景ハルモニです。そしてここでも、被害証言だけではなく、解放後の苦しみ、“記憶”と生きることとの苦しみが語られます。松代(と思われる)慰安所から解放後祖国に帰り、日本兵との間に生まれた幼子を釜山の孤児院に預けることを語るハルモニの表情が忘れられません。おそらくこのことが、ハルモニを永遠に苦しめてきた“恨”なのでしょう。
 死の間際、金順徳ハルモニと朴玉蓮ハルモニが病院を訪ね、姜徳景ハルモニとこんな印象的な会話を交わしていました。
 「誰か会いたい人はいるかい?」
 「会いたい人がいても仕方がないよ」
 「そう、会いたくても仕方がないね」
 どう仕方がないのでしょうか? 「そんなことはないよ」となぜ金順徳ハルモニは返さなかったのでしょうか?
 このとき会いたくても仕方がないひとが、その幼子だったとは限りません。ただそういう秘密をたくさん抱えるだけの辛い人生であったことは確かです。
 姜徳景ハルモニが描いている鳥が何かを咥えていて、それが何かと訊ねられたとき、ハルモニは「私の“秘密”を咥えているのだ」とおっしゃいました。被害者は多かれ少なかれ、そういう“秘密”を抱えてきました。それが周囲のハルモニも分かっているからこそ、「そう、仕方がないね」と返したのかなと、そう思っています。そしてそういう“秘密”とか“恨”は、やはり日本の加害の結果です。「慰安婦」にさせられた被害がなければ、こんなふうに人生が狂わされることはなかったはずです。慰安所だけの被害体験だけではありません。その後の狂わされた人生に対しても、責任が、戦後責任があるはずです。
 大事なのは、ハルモニたちはそういう“記憶”を抱えて生と格闘してきたということです。そして私たちは、そういうハルモニたちとキチンと向き合って、ハルモニの“記憶”と共に生きていかなければならないということです。

 映画後のトークショーで、土井監督はこの映画を作ったきっかけが、橋下大阪市長の「慰安婦」発言にあったと仰いました。橋下市長には、ハルモニの“記憶”とは生きていません。だからああいうふうに、いとも簡単に被害者の尊厳を傷つけることができるのです。
 「この映画の目的は、マスではなく、一人ひとりのハルモニと向き合うこと。マスでは痛みを感じ取れない」と土井監督はおっしゃいましたが、その一人ひとりと向き合うことの重みと必要性を、この映画は教えてくれます。
 姜徳景ハルモニはいまわの際に、病の床にある自分の姿を日本に見せたいと仰っていました。闘い始めたのだから、最後まで闘わないと、と……。
 私たちも姜徳景ハルモニに誓います。姜徳景ハルモニの“記憶”とともに生き、被害者が生きておられるうちに日本政府の謝罪と賠償を実現するため最後まで闘います。

 映画『“記憶”と生きる』は、大阪では9/19~9/25まで、第1部は12:30から、第2部は15:10から上映されます。ぜひみなさんもご覧下さい。(だい)

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文化 | 01:57:57
8.14日本軍「慰安婦」メモリアル・デーを国連記念日に「今こそ謝罪 賠償 真の解決を」集会&デモ
まずはプレ企画として「水曜デモの歌」とダンス「シャッフルアリラン」。ダンスは開会の2時間ほど前に集まって練習したかいあって釜ヶ崎夏祭りでの初披露よりはだいぶ上達したところをお見せすることができました。集会では、翌日の「戦後70年 東アジアの未来へ!宣言する市民」集会のため沖縄から来阪されていた高里鈴代さんがアピールしてくださいました。24年前金学順さんが被害者として名乗りでられた際、記者会見の場に立ち会われた高里さんは、報道陣からの事実確認のための詳細な質問に学順さんが懸命に答えておられた様子や、沖縄で一足先に被害を告発されたペ・ポンギさんに学順さんがこころを寄せておられたことを話してくださいました。そのお話に涙ぐむ参加者も多かったのではないでしょうか。ついで、若者達によるサムルノリ。「慰安婦」被害者の皆さんに届けようとするかのように、打楽器の音色が夕刻の扇町公園に響き渡りました。最後に、寸劇を上演。そこでは金学順さんが、「女性たちが人身売買の犠牲となり、筆舌に尽くしがたい痛みと苦しみを経験されたことを思うと、心が痛む」などと、加害に向き合わずに責任逃れをする安倍首相を叱責。みんなで安倍首相に日本政府が今なすべきことを教えようと、200名近い参加者が「謝罪」「賠償」「解決」のボードを掲げました。そして元気よく梅田までのデモに出発。「安倍政権は二度と「慰安婦」被害者を生み出すな」「安倍政権の戦争法案を許さないぞ」「アメリカの侵略戦争に加担するな」「安倍首相は歴史を歪曲するな」「安倍談話を許さないぞ」等々、絶え間なくシュプレヒコールをあげ続けました。
ダンス高里さんサムルノリ劇デモ写真_edited_edited








集会報告 | 05:26:07
【挺対協声明】安倍談話に対する立場
[安倍談話に対する立場]



戦後70年安倍談話

植民地支配否認、過去形のおわび、「慰安婦」問題言及せず



アジア被害国の牛耳を集めた戦後70年安倍談話がついに発表された。これまで安倍首相の危険な歴史認識と反歴史的行脚により、談話発表を前から被害国はもちろん国際社会の憂慮と警告があふれたせいだろうか。予測に反し歴代の村山談話と小泉談話に盛り込まれた植民地支配と侵略戦争について言及し、反省とおわびという単語も含まれた。



しかし、反省とおわびは過去に行ったというものであり、植民地支配も日本国家が行った犯罪としての責任を巧妙に回避する戦略を使った。特に、36年の不法統治で苦痛を受けた韓国に対する植民地支配の責任も取り上げなかった。驚愕するのは、日本が戦争の道にすすむしかなかったという長い弁明が「痛切な反省」とは程遠い自己合理化にいきついているという点である。それがアジアの解放を図ったものであったという不穏な歴史認識を入れ込むことにもぬかりなかった。「安倍談話」というが、過去の歴史を言及するにおいては安倍首相自身の反省とおわびは存在しなかった。



結局、戦後70年安倍談話が戦後50年と60年に出た談話を「踏襲」するかという期待さえ水泡に帰した。未来志向的談話を出すといっていた安倍首相であるが、過去を明確に認め心から謝罪し戦犯国の責任を履行することで未来へすすむことができるという事実を、今も否定しているのである。



何よりも、日本の植民地支配と侵略戦争過程で行われた日本軍「慰安婦」問題をはじめとした日本政府の反人道的犯罪行為に対する事実認定と国家的責任認定を探し出すことのできない安倍談話は、何を反省するのかもわからない中身のない反省文に過ぎない。日本軍「慰安婦」問題に対する最小限の責任を認めた河野談話の作成経緯を検証するかと思えば、日本軍「慰安婦」被害者を「人身売買の被害者」と呼ぶ小細工と巧妙な言葉遊びを繰り返し、被害者を絶えず苦痛に追いやっていた安倍政権にとって、日本軍「慰安婦」問題に対する責任と謝罪は選択ではなく必須課題であったが、日本軍が組織的に行った性奴隷制犯罪である日本軍「慰安婦」問題に対する明確な記述さえ探し出すことはできなかった。



それこそ戦後70年ではないか。戦争は終わったというが終わっていない、解放されたというが私たちは解放されなかったという日本軍「慰安婦」被害者の絶叫を無視した日本政府は、一歩も未来に向かうことができなかった。最悪に陥った日韓関係の突破口を見出し東アジアの葛藤局面を解消させる鍵を握っていた安倍談話のかんぬきは引きぬかれたが、歴史歪曲と軍事大国化の行脚でむしろ葛藤を深めてきた日本政府の謙虚な反省どころか、平和を渇望する日本という偽装で自己陶酔的修辞だけが空回りする。



戦後70年、平和と協力の時代を念願してきたアジア各国に日本政府は再び失望を、怒りを、挫折を抱かせた。アメリカをはじめとした旧連合軍国家に対する思いやりはあっても、アジア被害国に対してはアジア人の苦難と歴史の教訓を胸に刻み続けるという虚構だけの言葉で欺瞞する。植民地支配と侵略戦争に対する反省と謝罪は、その責任履行によってのみ真実味を持つ。戦争犯罪を美化し歴史を否定する暴走を続けながら、同時に戦争と植民支配に訣別を告げるという理屈のあわない談話は妄言に過ぎない。



世界の平和と繁栄にこれまで以上に貢献するという安倍政権に求める。これまで以上に平和を脅かす政権になるならばやめてほしい。日本の過去の歴史を清算し戦犯国の責任を果たし平和に貢献はできなくても、どうか妨害だけはしないでほしい。日本軍「慰安婦」被害者の涙をとめる意志さえない日本政府がこれ以上平和を論じる資格はない。



巧妙な言葉遊びで一貫した安倍談話でまたもしてやられた韓国政府も、日韓関係改善に汲々とし再び自らの役割を担えない無能な政府に転落してはならない。戦後70年になっても日本軍「慰安婦」被害者をはじめとした日本植民地被害者の真の解放を成すことができない韓国政府の無能が嘆かわしい。



2015年8月14日

韓国挺身隊問題対策協議会

共同代表 ユン・ミヒャン ハン・グギョム キム・ソンシル



挺対協 | 23:12:01
8月12日、釜ヶ崎夏祭りに参加しました。
今年も釜ヶ崎夏祭りに呼んでいただき、前夜祭第二部の最初にアピールの時間をいただきました。まず初めに「イムジン河」の歌。「誰が祖国を分けてしまったの」など、私たちメンバーにとってなじみ深い歌詞は、聴いてくださっている皆さんにとっても同じのように見受けられました。続いて「シャッフルアリラン」。進行役が「この踊りは今日はじめて披露します。」と言うと、皆さん「おーっ」と歓迎の声をあげてくださいました。今年2月の水曜デモで韓国希望ナビの若者たちが踊った動画を見ながら練習したものの、テンポが速く複雑なステップはなかなか手ごわくて、ついばらばらに。「さすが今日はじめて」という内容になってしまいました。でも、ポップなリズムは踊っていても楽しく、次回も呼んでいただけるなら、ぜひ、もう少し上達したところを見ていただきたいと思います。踊りの最後に、新調したばかりの<日本軍「慰安婦」メモリアルデーを国連記念日に>の横断幕を広げました。そして、1991年8月14日に韓国で金学順さんが「慰安婦」被害者として名乗り出られてから24年、日本政府はいまだこの問題の解決を果たしていないばかりか、戦争する国作りに邁進しているような状況下、多くの人々と力を合わせてこの国の流れを変えていきたいと訴えました。いつもながら温かく手作り感あふれるお祭りに参加して、メンバー一同、大いにリフレッシュし、8月14日扇町公園「慰安婦」メモリアルデー集会&デモ、8月15日ドーンセンター「戦後70年 東アジアの未来へ!宣言する市民」集会の成功に向けて鋭気を養うことができました。夏祭り20150813035401a16.jpg 踊り



アクション | 03:29:17
日韓関係における正しい過去清算と真の和解を熱望する韓国学者の宣言
韓国の学者700余人が解放70周年と日韓国交正常化50周年を向かえ
両国の正しい過去清算と真の和解を求める宣言を発表しました。

以下、全文です。

*******


<日韓関係における正しい過去清算と真の和解を熱望する韓国学者の宣言>





2015年は光復(解放)70周年、日韓国交正常化50周年となる年である。植民地支配のつらい過去を克服し日韓両国が友好関係を確立すべき適時であるにもかかわらず、両国関係は河野談話(1993)と村山談話(1995)以降、むしろ後退している。その余波で植民地支配の犠牲者は権利救済を受けられないまま、苦痛の中で生を終えている。このような停滞状況は、1965年の日韓国交正常化当時に両国政府が植民地時代に行われた残酷行為に正面から向き合わなかった前科から由来するものである。韓国政府は現在日米韓安保同盟の枠の中で強制占拠と残酷行為に対する日本の責任を追及できずにおり、過去の歴史を国内政治の手段に利用しているという非難を国際社会から受けている。過去の歴史に対する不実協商が再び繰り返されるのではないかと憂慮しつつ、私たちは正しい清算を通じた真の和解を痛切に望む気持ちで両国政府と市民社会に次のとおり求める。


一、日本政府は日清戦争からはじまった侵略戦争の50年史を認め、戦争と植民地支配過程でアジアの民衆に加えた虐殺と迫害に対し心から謝罪しなければならない。日本社会は特に、無残に殺戮された東学農民軍、主権の強奪に抵抗した義兵、植民支配を拒否した3.1運動参加者、関東大震災において無防備状態で集団殺戮された朝鮮人、拷問を受けて殺害された独立運動家、侵略戦争に強制動員された朝鮮人、そして日本軍の性奴隷として動員された朝鮮女性を記憶し、これら甚大な苦痛を謙虚に認めなければならない。


二、日韓両国政府は1965年に植民地支配責任が解決しなかったという事実を直視しなければならない。2011年に韓国の憲法裁判所はいわゆる日本軍「慰安婦」被害と原爆被害に関連し、請求権協定の解釈を取り巻いて紛争があると判断した。2012年には韓国の大法院(最高裁判所)が日本の強制動員を不法行為であると規定し、この問題が請求権協定によって解決されなかったことを確認した。私たちは国際人道法と国際人権法の趣旨に立脚したこれらの判決を尊重し、両国政府に対し植民地支配の責任に真摯に対面することを要求する。


三、植民地支配過程で行われた残酷行為は国際的犯罪であるため、日本政府は第2次世界大戦以降に発展してきた国際人道法によって国家責任を履行しなければならない。特に、国連総会が2005年に採択した人権被害者権利章典(A/60/506/Add.1)は、人権侵害事実の認定、被害者に対する謝罪、被害救済措置、再発防止のための制度改革、軍警に対する人権教育、歴史記録と記念館の設置、記憶の義務などを、野望をほしいままにした国家の責任事項として規定している。日本政府はこのような原則を反映した公式的救済措置をとらなければいけない。


四、韓国政府は1965年の不実協商を反面教師とし、被害者の人権を積極的に保障しなければならない。人権は本来不可侵的であり、侵害された場合には救済を受ける被害者の権利もまた不可侵的であるという点を忘却してはならない。私たちはすでに80-90才代の高齢の植民地残酷行為の被害者が残り少ない人生を終える前に適切な救済を受けることができるよう人間的にも切に希望する。深刻な人権侵害を適切に救済しないならば、このような事件は世紀を越え両国間に深刻な政治的余震を作り、ついには歴史の羞恥として残るという点を深く憂慮する。


最後に、日韓両国の市民社会は、150余年間アジアで行われた戦争と虐殺を記憶しなければならない。ひいては両国政府が、日韓の過去事の正しい解決法を講じ、敵対心を解消し、アジアの平和を促進するよう多角度から行為主体として立ち上がるべきである。和解と連帯は、「根っこ」の次元からなされるときようやく確固なもとのなるだろう。


正しい過去清算を通じた日韓両国の和解と善隣を念願する私たち学者は、両国間の協商が被害者の人権を尊重するのかを注視し、これを正しい方向へ牽引するため最善をつくすことを誓う。


2015年8月10日


正しい過去清算とアジアの平和の拡散を望む学者一同


ニュース | 20:18:08
【追悼】パク・ユニョンハルモニ
皆さま

アメリカで暮らしていた日本軍「慰安婦」被害者であるパク・ユニョンハルモニが
8月8日明け方(現地時間7日午前)に息子さん宅で亡くなられました。

ハルモニは京畿道パジュに暮らしていましたが
アメリカにいる息子さんの家に引っ越ししてから10余年が経ちます。
この間重病をかかえ長期入院し
息子さんの家で最後の2週間を過ごしたのち
息を引き取られました。
現地時間の12日午前にアメリカの地で埋葬されます。

ハルモニが亡くなられ生存者は47人になりました。

解放70年を目前にしてもまだ解放を迎えることができないハルモニが
あの世ででも苦痛なく笑えるよう
残された私たちがすべきことは多いでしょう。

ハルモニのご冥福をお祈りします。

韓国挺身隊問題対策協議会

訃報 | 23:24:41