2017/12/31
関西ネット主催 韓国スタディツアー ソウル「ろうそく集会」参加とナヌムの家訪問ツアー
今年8月、5回目となる8・14日本軍「慰安婦」メモリアル・デーの講演で尹美香挺対協/正義記憶財団代表は、韓国社会のハルモニたちへの偏見をなくすために、100万人市民に呼びかけて募金を集め、11月25日の国連女性暴力撤廃デーに被害者の尊厳回復のための事業を行うと発表した。
日本軍「慰安婦」問題・関西ネットワークのブログです。私たちは日本軍「慰安婦」問題の解決をめざして、関西を中心に活動しています。
2017/12/31
2017/12/24
2017/12/07
2017/12/07
2017/12/07
2017/12/06
12月6日、換気が肌を刺すような夜ですが、元気と怒りを胸に、今月も街頭に立ちました。
冒頭、関西ネットから、この間のサンフランシスコ市との姉妹都市関係を解消しようとする吉村大阪市長への抗議活動を報告しました。
吉村市長の強気の姿勢は安倍政権の後押しがあってこそであり、吉村市長の言う「日本政府の見解と違う」という主張のデタラメさについて訴えました。
サンフランシスコ市民の思いを大切にし、性暴力をなくし女性の人権を守るというサンフランシスコ市長に対して、吉村市長の振る舞いは本当に許せません。しっかりと抗議の声を上げていきましょう。
辻元清美衆院議員からは、吉村市長だけでなく、安倍政権もサンフランシスコ市に圧力をかけていることについて、連帯のメッセージがありました。
サンフランシスコ市民からもメッセージがありました。正義と人権は私たちとともにあります!
南京大虐殺60カ年実行委員会からも連帯のアピールがありました。吉村市長の行動は公権力の私物化です!南京の被害者は「私が死んでも娘が証言をする」と仰っておられます。私たちが変わらない限り解決することはありません。
日韓交流スタディツアーに参加された若者からも、「日本ではこの問題を訴えると反日と言われるが、そうではない。ハルモニたちの人権のために闘っている。みなさんもハルモニたちの声に耳を傾け、一緒に解決に向けて働きかけてほしい」と訴えました。
ピースおおさか改悪リニューアル裁判を闘われた原告から「勝ちました!」と力強いアピールがありました。ピースおおさかはリニューアルで戦争の加害と被害が消し去られましたが、そこに松井府知事と橋下元市長の不当な介入があったことが明らかになったのです。
寒空を切り裂くような、「慰安婦」をテーマにした『謝れ』という詩の朗読も行いました。
(報告の最後に詩を載せています。)
最後に参加者50人とともにシュプレヒコールをあげ、「吉村が大阪なのではなく、私たちが大阪なのだ」という気持ちを叫び声に乗せました。
次回137回大阪駅前水曜集会は、新年1月3日正午からヨドバシカメラ前で(いつもと時間が違います)。この日この時間、韓国ソウル日本大使館前でも水曜集会が開催されています。新年をハルモニの気持ちとともに迎えましょう!
***********************
謝れ
作詩 イヴ・エンスラー
共訳 許 玉汝/小川 和子
私たちの話は私たちの頭の中にだけ存在する
蹂躙された私たちの体の中にだけ
戦争の時間とがらんどうの空間の中にだけ
どの様な公式的な記録も文書も跡形も無い
ひたすら良心だけ
ただそれだけ
私たちが約束されたこと:
私が彼らについて行けば父を助けられる
仕事につくことができる
国のために働ける
行かなければ私を殺すという
そこがもっと良いという
私たちがみつけたもの:
山も無く 木も無く 水も無く
黄砂 砂漠 涙でいっぱいの倉庫
数千名の心配事だらけの少女たち
私の編んだ髪は切られ
下着をつける時間も無かった
私たちがさせられたこと:
名前を変えさせられ
ボタンの外しやすいアッパッパを着せられ
一日に50人の軍人の相手をさせられ
生理の時もさせられ
服も脱がず男根だけを出す軍人ともさせられ
あまりにも多くの男を相手にして歩けなくなってもさせられ
足を伸ばすことも体を曲げることができなくてもさせられた
彼らが私たちに繰り返ししたこと:
ののしり
殴り
血まみれになるまで腹をえぐり
消毒して注射してまた殴り
穴をあけ穴をあけ
私たちが見たこと:
浴室で化学薬品を飲んだ少女
爆弾に当たり死んだ少女
銃に撃たれさらに撃たれた少女
壁に頭を打ち付けた少女
溺死するように川水に放り投げられた栄養失調になった少女の体
私たちに許されなかったこと:
体を洗うこと
出歩くこと
医師に診察を受けること
コンドームを使うこと
逃げること
赤ん坊を守ること
やめてと言うこと
私たちが貰ったもの:
マラリア 梅毒 淋病 死産 結核 心臓病 精神発作 憂鬱症
私たちが食べたもの:
飯 味噌汁 たくわん 飯 味噌汁 たくわん 飯 飯 飯
私たちがなったもの:
破壊され
道具になり
不妊になり
穴になり
血だらけになり
肉の塊になり
追放され
沈黙され
1人ぼっちにされ
私たちに残されたもの:
決して消すことのできない衝撃
死んだ父
無賃金
傷跡
男への憎悪
子もなく
家もなく
空っぽになった子宮
酒癖
罪の意識と羞恥心
何も 何も!
私たちにつけられた名前:
慰安婦 堕落した女たち
私たちが感じたこと:
私の胸は今も震えている
奪われたもの :
春 私の生!
私たちは今、74歳 82歳 93歳
目は見えなくのろいけど準備はできている
毎週水曜日日本大使館前でこれ以上恐れること無く
私たちが願うこと:
今すぐに
私たちの話がこの世から消える前に
私たちが死ぬ前に
日本政府よ 謝れ どうか
慰安婦の女性たちに悪かったと
私に謝れ 私に悪かったと謝れ
私に 私に 私に!
謝れ! 悪かったと謝れ! 悪かったと!
Author:日本軍「慰安婦」問題・関西ネットワーク
わたしたちは日本軍「慰安婦」問題解決のため、関西を中心に活動しています。