【挺対協声明】安倍談話に対する立場

[安倍談話に対する立場]



戦後70年安倍談話

植民地支配否認、過去形のおわび、「慰安婦」問題言及せず



アジア被害国の牛耳を集めた戦後70年安倍談話がついに発表された。これまで安倍首相の危険な歴史認識と反歴史的行脚により、談話発表を前から被害国はもちろん国際社会の憂慮と警告があふれたせいだろうか。予測に反し歴代の村山談話と小泉談話に盛り込まれた植民地支配と侵略戦争について言及し、反省とおわびという単語も含まれた。



しかし、反省とおわびは過去に行ったというものであり、植民地支配も日本国家が行った犯罪としての責任を巧妙に回避する戦略を使った。特に、36年の不法統治で苦痛を受けた韓国に対する植民地支配の責任も取り上げなかった。驚愕するのは、日本が戦争の道にすすむしかなかったという長い弁明が「痛切な反省」とは程遠い自己合理化にいきついているという点である。それがアジアの解放を図ったものであったという不穏な歴史認識を入れ込むことにもぬかりなかった。「安倍談話」というが、過去の歴史を言及するにおいては安倍首相自身の反省とおわびは存在しなかった。



結局、戦後70年安倍談話が戦後50年と60年に出た談話を「踏襲」するかという期待さえ水泡に帰した。未来志向的談話を出すといっていた安倍首相であるが、過去を明確に認め心から謝罪し戦犯国の責任を履行することで未来へすすむことができるという事実を、今も否定しているのである。



何よりも、日本の植民地支配と侵略戦争過程で行われた日本軍「慰安婦」問題をはじめとした日本政府の反人道的犯罪行為に対する事実認定と国家的責任認定を探し出すことのできない安倍談話は、何を反省するのかもわからない中身のない反省文に過ぎない。日本軍「慰安婦」問題に対する最小限の責任を認めた河野談話の作成経緯を検証するかと思えば、日本軍「慰安婦」被害者を「人身売買の被害者」と呼ぶ小細工と巧妙な言葉遊びを繰り返し、被害者を絶えず苦痛に追いやっていた安倍政権にとって、日本軍「慰安婦」問題に対する責任と謝罪は選択ではなく必須課題であったが、日本軍が組織的に行った性奴隷制犯罪である日本軍「慰安婦」問題に対する明確な記述さえ探し出すことはできなかった。



それこそ戦後70年ではないか。戦争は終わったというが終わっていない、解放されたというが私たちは解放されなかったという日本軍「慰安婦」被害者の絶叫を無視した日本政府は、一歩も未来に向かうことができなかった。最悪に陥った日韓関係の突破口を見出し東アジアの葛藤局面を解消させる鍵を握っていた安倍談話のかんぬきは引きぬかれたが、歴史歪曲と軍事大国化の行脚でむしろ葛藤を深めてきた日本政府の謙虚な反省どころか、平和を渇望する日本という偽装で自己陶酔的修辞だけが空回りする。



戦後70年、平和と協力の時代を念願してきたアジア各国に日本政府は再び失望を、怒りを、挫折を抱かせた。アメリカをはじめとした旧連合軍国家に対する思いやりはあっても、アジア被害国に対してはアジア人の苦難と歴史の教訓を胸に刻み続けるという虚構だけの言葉で欺瞞する。植民地支配と侵略戦争に対する反省と謝罪は、その責任履行によってのみ真実味を持つ。戦争犯罪を美化し歴史を否定する暴走を続けながら、同時に戦争と植民支配に訣別を告げるという理屈のあわない談話は妄言に過ぎない。



世界の平和と繁栄にこれまで以上に貢献するという安倍政権に求める。これまで以上に平和を脅かす政権になるならばやめてほしい。日本の過去の歴史を清算し戦犯国の責任を果たし平和に貢献はできなくても、どうか妨害だけはしないでほしい。日本軍「慰安婦」被害者の涙をとめる意志さえない日本政府がこれ以上平和を論じる資格はない。



巧妙な言葉遊びで一貫した安倍談話でまたもしてやられた韓国政府も、日韓関係改善に汲々とし再び自らの役割を担えない無能な政府に転落してはならない。戦後70年になっても日本軍「慰安婦」被害者をはじめとした日本植民地被害者の真の解放を成すことができない韓国政府の無能が嘆かわしい。



2015年8月14日

韓国挺身隊問題対策協議会

共同代表 ユン・ミヒャン ハン・グギョム キム・ソンシル

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