【追悼】陳桃さん

 1月11日午後9時頃、台湾の日本軍「慰安婦」被害者の陳桃さんが亡くなりました。
陳桃さんは1922年生れ。93歳でした。
陳桃さんは、アンダマンにつれていかれ、そこで元日本軍の「慰安婦」にされました。
アンダマンでは自殺未遂をするなど辛い日々を生き延びて、台湾にようやく帰ってからも生きて行くための職を求めて台湾を転々とするような暮しでした。
1999年、東京地裁に提訴した裁判の9人の原告の一人です。
陳桃さんは何度も来日され、証言をして、「私は金はいらない、日本の国が謝ってくれれば私は許すよ」と訴え続けてこれられました。
年末に日韓外相会談での「合意」があり、1月5日には台湾政府は日本政府に対して、被害者への正式な謝罪、賠償、尊厳と名誉の回復、生活支援の4項目を求めましたが、日本政府は「交渉する気はない」とあっさり無視しました。これは日韓「合意」が口だけの謝罪であり、日本軍「慰安婦」被害者に対してなんにも悪いことはしていないという認識の表れとしか判断できません。
そしてその6日後に陳桃さんは逝ってしまわれました。
どれほど無念だったことか!
お金ではなく謝罪、名誉回復を求めているということを、私たちは日本政府に分からせることができないままこの日を迎えてしまったということが、本当に申し訳なく思っています。
ごめんなさい、陳桃アマ。
そして、ありがとうございました、アマ。
被害者が亡くなっても、日本政府に「悪いことをした」を理解させる日まで、闘いを諦めません。それがこれまで闘ってこられた陳桃さんの無念に応える、ただひとつの方法だからです。
合掌。

(だい)

2012-12-08-11,アジア連帯会議in台湾 376 
(写真は2012年に台湾で開催されたのアジア連帯会議でのお姿です。)
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