映画『太陽がほしい』

班忠義監督の映画『太陽がほしい』を観ました。前後編合わせて3時間の大作です。山西省の「慰安婦」と呼ばれた性暴力被害者の20年をまとめたドキュメンタリーです。いまは亡くなられた被害者たちを今日改めて目の前にして、たくさんの思いを抱きました。
歴史を否定したい人たちは、被害者を個として見ようとしません。「20万人は嘘」「強制連行はなかった」なとど主張することで、あたかも「慰安婦」問題はなかったかのようにデマを振りまきます。しかし私たちにとって、被害者とは名前を持ったひとつひとつの人格です。10人いれば10通りの苦しみが、10万人いれば10万通りの苦しみがあるのです。
そしてこの映画は、万愛花さんや郭喜翠さん、劉面換さんなど、一人ひとりの犠牲者のどの生もかけがえのなかったものであり、そのひとつひとつを日本軍は奪っていったのだと教えてくれます。
これほど明らかな戦争犯罪がありながら、私たちは未だ日本政府を追及しきれず、「不可逆的」などと平然と言ってのけることを許していることに我慢がなりません。
先日、国連女性差別撤廃委員会の対日審査で杉山外務審議官は、「強制連行は確認できない」「20万人は裏付けがない」「『性奴隷』は事実に反する」などと言いましたが、この映画を観てもなお、同じことがいえるのでしょうか。
郭喜翠さんは性奴隷として監禁されている生活の間、便意もないのにウソを言って、陽の当たらないくらい慰安所からでて、トイレからそっと太陽を眺めていたそうです。このエピソードは映画のタイトルの出自にもなっていますが、この絶望を、安倍首相に、杉山審議官に、本当にわからせてやりたい。
そして、万愛花さんの亡くなられる直前の言葉が、本当に私の胸に突き刺さりました。万さんは、死の間際にあっても、日本政府を裁判で訴えることを考えておられたようです。
「謝罪してほしい。罪を認め、頭を下げて賠償をするべきです。裁判が続かないと日本の友人の顔に泥を塗ることになる。日本政府は見くびっている、日本の友人たちを。
最後まで闘う。政府に対して圧力をかけなければ。ここまで来たんだからやり抜く必要がある。私が死んでも鬼になって闘う。魂となって皆と共に闘う」
「被害者が生きているうちに、被害者が望む解決を!」と私たちは叫び続けてきましたが、今回の「合意」によって解決は遠のき、そうこうしているうちも被害者はひとり、またひとりと亡くなっていっています。裁判を闘った山西省の女性たちは、いまは誰もご存命ではありません。
今日、私たちは万愛花さんが信頼をよせた、日本政府を追い詰めるだけの力を持った「日本の友人」であるでしょうか?
時に落ち込み、絶望することはあったとしても、私たちは万愛花さんの「日本の友人」であり続けたいです。鬼神がそばにいてくれるだけの、価値のある私たちでありたい。
万愛花さんが鬼神となって私たちと共にいる、そういうこれからの日々でありたいと、決意を新たにしました。(だい)
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