【鄭栄桓さん講演】日本軍「慰安婦」問題 被害者不在の日韓合意は解決ではない ~日韓外相会談と朴裕河問題を批判する

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日本軍「慰安婦」問題・関西ネットワークは、2月14日、大阪PLP会館にて、集会「日本軍「慰安婦」問題 被害者不在の日韓合意は解決ではない ~日韓外相会談と朴裕河問題を批判する」を開催しました。講師の鄭栄桓さんは明治学院大学の教員で歴史学専攻、昨年よりブログで朴裕河著『帝国の慰安婦』を批判し、脚光を浴びています。会場は日韓「合意」や朴裕河問題に関心を持つ市民が約200人集まり、この問題に対する関心の高さを実感しました。
朴裕河『帝国の慰安婦』は、朝日・毎日新聞などで絶賛され、彼女が検察から在宅起訴された時には、上野千鶴子や高橋源一郎、大江健三郎など日本の知識人や河野洋平、村山富市などの政治家がこぞって擁護しました。その声明は起訴そのものというよりも、朴裕河の著書の内容に踏み込んで擁護するというものでした。曰く「何よりも、この本によって元慰安婦の方々の名誉が傷ついたとは思えず、むしろ慰安婦の方々の哀しみの深さと複雑さが、韓国民のみならず日本の読者にも伝わった」と。当事者であるナヌムの家のハルモニたちが「名誉を傷つけられた」と訴えているにも関わらずです。「被害者の受け入れられる解決を」と日本政府に訴えてきた私たちにとって、戦争法案にも反対してきた知識人たちがこぞって朴裕河に賛意を示す現象には、なかなか理解しがたいものがありました。
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鄭栄桓さんは、朴裕河の詐術ともいうべき手法をわかりやすく暴いてくれました。その手法は幾つもあるのですが、もっとも我慢のならない例を一つだけあげます。
『帝国の慰安婦』の中で、日本を許したい被害者もいるのに韓国挺身隊問題対策協議会などの支援団体がそれを妨げていると朴裕河は批判します。その上で朴裕河は、彼女なりの和解を提示します。それがあたかも被害者のほとんどが望んでいるかのように。
「自分の身に降りかかった苦痛をつくった相手を糾弾するのではなく、運命という言葉で許すかのような彼女の言葉は、葛藤を和解へと導く一つの道筋を示している」
この「運命という言葉で許すかのような」を導くために引用した証言が、次です、
「日本人に抑圧はされたよ。たくさんね。しかし、それも私の運命だから。私が間違った世の中に生まれたのも私の運命。私をそのようにあつかった日本人を悪いとは言わない」
その証言が誰のものであるか、『帝国の慰安婦』には書かれていないので、鄭栄桓さんはこの証言が誰のものであるか探したところ、それは黄順伊ハルモニのものでした。しかし、その証言は、決して日本を許すようなものではなく、むしろ全く真逆の、とても重たい内容だったそうです。違う箇所では黄ハルモニは、「自分を犬みたいに扱って許し難い」「恨が解けない」と、繰り返し仰っていたそうです。
朴裕河は、そんな普段は寡黙で恨を体現したかのような黄ハルモニの証言の、たった二行だけを抜き出して「これこそが和解のため」と、強引に結論づけているのです。
この本の前提として、朴裕河は被害者の代弁者でなければなりません。「挺対協は被害者を利用し解決を妨げている、私こそが声なき声の代弁者であるのだ」という理屈で朴裕河の「善意」は成り立っているのです。しかし朴裕河は被害者から聴き取りをしているわけではないし、被害者に寄り添っているわけでもありません。だから被害者証言の記述を自分のいいところだけ切り取り、あたかもそれが「全て」であるかのように開陳するのです。これが被害者をどれほど冒涜し、記憶を改ざんする行為であるか。
それは証言に限ったものではありません。朴裕河は、自分の作り上げた「帝国の慰安婦は『愛国』『同志』的存在」「業者主体論」「売春であり性奴隷ではない」「法的責任の否定」「日本政府は謝罪と補償を行った」というテーゼに、事実を切り貼りし、無理に当てはめようとします。だから個々の事例は事実であっても、結論が異なるのです。
このように朴裕河は、本来、産経新聞のような右派陣営にもてはやされるべき存在なのにリベラルといわれる人たちにもてはやされるということにこの国の病根があるということを示した後に、鄭栄桓さんはこのように指摘しました。
「日本で用いられる『リベラル』とは、本来の意味ではなく、反日ナショナリズムを批判するという条件の下に、『極端な』規範を拒否することを共有している集団。90年代革新勢力が後退している中で生まれた、戦後革新の転向現象だと思う。『リベラル』は問題解決を阻害する要因が被害者側にあると思いたがっている。そういう意味でも『帝国の慰安婦』は日本社会の欲望が作り出した本。朴裕河は欲望を正しく汲み取っている」
そして講演の最後に、日韓「合意」後に私たちが何をするべきかについて、こう語りました。
「当事者たちが求めていたのは何なのかという原点に立ち返るべき。被害者の心の傷を癒すために、日本側が何度でも『悪かったのは自分です』と語ることが不可欠の要素となっている。悪かったと言い続ける――これは『日本問題』。過去の加害と戦争犯罪を認めて二度と否定しないような規範を日本社会が作ることが求められている。
被害者本意の解決が大前提であると同時に、日本社会にいる私たちがその『不可逆的』規範をどう日本に押しつけるのかが問われている」
今回の日韓「合意」は被害者不在のものであるし、日本が国家として本当の意味で責任を認めたとも言えない。10億円は「補償ではない」と外務省自身が言っている……それなのに日本のリベラルも政党も、こぞって「合意」を歓迎する。それは朴裕河がもてはやされるのと同じく、自分たちが悪くないと思い込みたい日本社会の欲望そのものなのです。その欲望をどう乗り越えていくか、どうやって正しい歴史認識を構築していくか、それこそが私たち日本の運動に課せられた課題です。
(だい)
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