マルセーラ・ロサイア著『サバイバー 池袋の路上から生還した人身取引被害者』


マルセーラ・ロサイア著『サバイバー 池袋の路上から生還した人身取引被害者』(ころから)読了。
息もつかせぬ展開に飽くことなくほぼ1日で読み終わった。体験談というよりは、何かの小説を読んでいるようだった。
貧困の中に暮らしていたコロンビアの女性が、「ダンサーで働けば貧困から脱出できる」と欺されて不法入国し、ヤクザの支配する世界で売春婦をさせられる……一言で言ってしまえばそういうお話だが、滞日18ヶ月の間にこれでもかと言わんばかりの事件が起こる。舞台は池袋の路上から木更津のピンサロ、場末のストリップ劇場、そして横浜の路上に。その間主人公は外国人ばかりが集まるクラブに出入りしたり、ヤクザの大ボスと恋愛関係に陥ったり、強盗事件に関わったりと、息をつかせぬ展開が続く。これは本当に実話なのだろうか、誰か優秀な文筆家の創作ではないかと錯覚に陥ってしまう。しかし、仮に主観を交えた誇張や創作が幾分あったとしても、これは紛れもなく現実なのだ。
この本は、奴隷制度の本質を的確に教えてくれている。
女性の全てを支配するマニージャ(マネージャー)の存在。マニージャは最初に彼女にこう言った。
「1、毎日2万円を支払うこと。
2、働く許可を得るために外でヤクザに1万円払うこと。
3、この家の家事を手伝うこと。それで部屋代と食事代の支払いとする。
4、支払いができない場合、借金の利子がつき始める。
5、今の借金は500万。おおよそ2億ペソだ。(そんなのすぐに支払えるさ。ペソに換算しないことだね。それをしたら安眠できなくなるよ。あんたのパスポートはあたしが預かる。もし金を払わなくて逃げようとしても、コロンビアの家族を探し出して、あんたが現れるようにご挨拶させてもらうからね、分かったかい?)
6、振る舞いが悪い場合、あんたをヤクザに売りつける。ヤクザはあたしみたいに優しく扱ってくれないよ。それも借金が倍になるさ」
そしてマニージャは借金や暴力で女性を肉体的に支配するだけでなく、精神までをも支配した。マニージャの目を盗んで友人とクラブに遊びに行っても、借金返済のために友人の持ちかけた強盗計画に関わりかけた時も、彼女はマニージャの精神的な支配に苦しんでいた。彼女に自由は存在しない。友人と笑うことはあるし、ヤクザと恋に落ちることもある。でもそれは彼女が奴隷でないということにはならない。彼女がマニージャの所有物であるということには変りがない。彼女が奴隷でなくなるためには、借金を払い終わるか、マニージャを殺すしかない。
そもそも、彼女は借金を返すために「仕事をしている」と思っている。借金は借金、仕事は仕事であるにもかかわらず、彼女は借金で支配され、それを返済するために彼女はマニージャの言うことには従順でなければならないし、彼女の用意した売春業に従事しなければならないと思っている。そしてそれに反したら、ヤクザに売られるし、家族が殺されるとも思っている。そのような「労働契約」など無効でしかないのだが、抵抗する手立てがない。抵抗する精神さえ奪われる。
「生活とは呼べない生活、中身のない私の世界、尊厳も愛もなく、自尊心やアイディンティティまで失ってしまった。自分が存在しているのかも分からなかった。自分では選ばないような服を着て、したことのない様な化粧をし、厚底のヒールを履き、私の好みからかけ離れたミニスカートをはいていた。髪はくすんで色が褪せ、使いすぎた膣は乾ききっていた。それに、性欲というものが失せた。女性であることを捨てていた。愛されていると感じることがなくなってしまった。21歳の女性にとって、その感覚は大切なことだった。私はトランクの中に夢をしまい込んでしまった。決して自分で受け入れることは出来ない人格……しかし、与えられてしまった以上その人格を保ち続けるしかなくなっていた。」
彼女・マルセーラの置かれた境遇が、韓国や台湾の日本軍「慰安婦」被害者ととても似通っていることに、すぐに気づく。
右派は「売春婦だった」「自由があった」などと主張し、被害者を否定する。その文脈で行けば、マルセーラも「売春婦だった」し「自由があった」。地獄の底で僅かな自己肯定を見出すためにヤクザの親分と恋愛関係に陥ったり、自由のために強盗を企てたりするが、それでも彼女は自分の仕事を辞める自由はなかった。10日に一度の
マニージャへの支払いを逃れる自由はなかった。自分の着たい服を着る自由さえなかった。
そして自分が性奴隷であった、人身取引の被害者であったと気づくのは、いつも解放されたあとなのだ。
彼女が覚えた最初の日本語が「ニマンエン」……自分の値段が最初に覚えた日本語だなんて、絶望しかない。
米国務省が発表する人身取引年次報告書にて、2004年に日本は「人身取引の被害者の最終目的地になっている」「人身取引犯罪をなくすための最低限の取り組みが見られない」と指摘され、「第2ランク監視対象国」と評価されている。その状況が2016年の今も、変わっているとは思えない。
かたや日本では「被害者ではなく売春婦だ」と主張し、日本軍「慰安婦」被害者を貶めようと躍起になっている人たちがいる。そして当の日本政府も「性奴隷という言葉は適切ではない」と、臆面もなく国連などで主張している。恥ずかしい限りだ。
もし韓国のハルモニや台湾のアマたちが性奴隷でないのなら、人身取引犯罪の被害者でないのなら、辛い苦しみを乗り越えようとこの本を書いたマルセーラは被害者ではないのか?
被害は過去のものではない。今も街角に立つたくさんのマルセーラにも、そして日本政府から謝罪を受けることもないまま最晩年を迎えているハルモニやアマにも。
現代の奴隷制度について考える最良の一冊です。そしてなぜ今、日本軍「慰安婦」問題を解決させなければならないかを知るためにも。
(だい)
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