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日本軍「慰安婦」問題・関西ネットワーク

Author:日本軍「慰安婦」問題・関西ネットワーク
わたしたちは日本軍「慰安婦」問題解決のため、関西を中心に活動しています。

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インドネシア・南スラウェシの被害女性の声を聴く

1月29日、アムネスティ・インターナショナル日本と「慰安婦」問題の解決を求める北摂ネットワーク・豊中の主催による、鈴木隆史さんの学習会が開催され、参加しました。鈴木隆史さんはインドネシア・スラウェシ島の南スラウェシで、日本軍の性奴隷にされた女性たちの聞き取りを継続して行っています。

あたかも日本では「慰安婦」問題は日韓の外交問題のように扱われることが多いですが、それは全く正しくありません。そして被害者を取り巻く状況も国によって全く異なります。インドネシアは国民基金の調査や個人給付の対象からも外れ、謝罪や補償なども問題になることなく、ニュースで報じられるような少女像云々というような政治さえも全く無縁の、まさに貧困と孤独と絶望の中に暮らしています。

鈴木さんが聴き取っている被害者は、スラウェシ島の海軍基地に併設された慰安所で「慰安婦」にされた、南スラウェシの女性たちです。この日数人の被害証言の映像を見ました。

ヌラさんは学校から友人と一緒に帰ってくるところで拉致され、慰安所に入れられました。慰安所で覚えた日本語「バゲロー(馬鹿野郎)」「ハンゴーモテコイ(飯盒持ってこい)」という日本語が聞いていて痛かったです。解放後、2日間かけて歩いて家に帰ったのですが、「日本人とセックスした女は汚いのでいらない」と家から放逐されました。その後、遠縁の娘を引き取りましたが、その娘がヌラさんのことを「正直で礼儀正しく生きてきた」と語っていたことがとても印象的でした。

アランさんは日本軍の飛行場のそばに住んでいて、家の裏手にある日本軍壕で身の回りの世話をするよう命じられ、そのままレイプされました。彼女は慰安所に入れられたわけではないのですが、毎晩のように日本軍に呼び出されてはレイプされ続けました。しかし彼女はそのことを家族には一切言わず、戦後一緒になった夫にも口を閉ざしていたそうです。晩年、壕での体験を娘さんに告白し、娘さんは村の住民にも聴き取り調査を行ったところ、15人もの人が同じ被害に遭っていたそうです。もちろん実際にはもっとたくさんの人が被害に遭っていたことでしょう。

インドネシアにはシリという文化があり、強かんにあった女性は恥とされ、家族から追放されたり、場合によっては殺されたりすることもあるそうです。そんなインドネシア社会の中で、被害者たちは全く孤独に70年間暮らしてきました。

当時を知る男性たちに「身内に被害女性はいるか」と尋ねても、誰もが口を揃えて「いない」というのだそうです。そんなわけはありません。被害女性はいなかったことにされるのです。

鈴木さんが聴き取った女性たちも、動画の中で「周囲の人は誰も知らない、誰にも言えない」と仰っていました。遠い日本から来た研究者の鈴木さんに対してだからこそ言えることもあるのです。

そんな中で私たちは何をすればよいのでしょうか。

謝罪とは、補償とは、その人の属する政府から要求されなければ応じられないものなのでしょうか?

国家と国家の交渉事でしか解決できない問題なのでしょうか?

そんなはずはありません!

過去の加害事実を直視し、被害者に対して真摯に謝罪し補償することは、加害当事国として自発的に行うことができるはずです。そしてそのためにできることが、私たちにまだあるはずです。

(だい)

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