【追悼】ペ・チュニハルモニ

先の土日月、東京で開催されたアジア連帯会議にて、私たちは日本政府に対して河野談話以降に発見された歴史資料を突きつけ、加害事実と責任を認めた上での被害者に対する謝罪と賠償を改めて求めました。
会議の期間中の参加者の共通認識は、「被害者の生存中にそれを実現する」ということでした。

そんな直後、韓国から訃報が届きました。
ナヌムの家に暮らしておられたペ・チュニハルモニが、6月8日になくなられたそうです。
享年91歳。老衰だそうです。
1980年まで日本に住んでおられたこともあり、私も含め、ナヌムの家を訪れた多くの方々が「1世のハルモニだなあ」と感じておられたと思います。とても身近に感じさせるハルモニのひとりでした。

この文章を書きながらも、亡くなられたということがなんだか信じられません。

今回のアジア連帯会議を終えて得た感想のひとつが、「私たちには来年があるのだろうか? なんとしても、今、安倍政権に謝罪させなければならない」ということでした。
「被害者が生きているうちに」というのは、「被害者が全て亡くなるまでに」ということとは全く意味が違います。
私たちにとって、目の前の被害者は、ひとりしかいません。
その人が亡くなってしまえば、その人にもう日本政府の謝罪を届けることは不可能になってしまうのです。
なぜ強くそう思った理由は書きませんが、「被害者の生存中に」というのは、それぞれの被害者にとっては、明日もう不可能になってしまう――ということでもあるのです。

アジア連帯会議の直後に、ペ・チュニハルモニが亡くなられたということは、私たちの運動に課せられたこの一秒一秒が重要なのだと、とても突きつけられます。

絶対に、わたしたちは日本政府に加害の事実と責任を認めさせ、謝罪させます。
いつ、とは言いません。今すぐにでも!
そのつもりで、日々をがんばります。
(だい)




ペ・チュニハルモニ


皆さま

日本でアジア連帯会議を開催し
被害者が望む解決を日本政府につきつけて数日もたたないうちに
一人の被害者が亡くなりました。

日本にいらっしゃる方々もよくご存知の
ナヌムの家に暮らしていらしたペ・チュニハルモニが
6月8日午前5時ごろ享年91歳で亡くなられました。
老衰でした。
少し前から療養院に入り心身ともに弱っていましたが
思っていたよりとても早く私たちのもとを去っていかれました。

最近数年は水曜デモに参加できませんでしたが
以前は水曜デモの前列に座り日本政府の公式謝罪と法的賠償を訴えておられました。

ハルモニの最期が寂しくないよう日本からもご冥福をお祈りください。

<故ペ・チュニハルモニ略歴>
1923年 慶尚北道ソンジュで生まれる
1942年 19歳のときに就業詐欺で強制動員され満州で4年間「慰安婦」生活を強いられる
1945年 解放をむかえる
1980年 日本から韓国へ帰国
1993年 韓国政府に被害者登録
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