林博史著『日本軍「慰安婦」問題の核心』

 林博史著『日本軍「慰安婦」問題の核心』(花伝社)読了。この本は、林さんがこれまで発表した論文や講演録を合わせて編集したものであり、通読すると若干の読みづらさは感じるものの、歴史実証主義の立場から歴史歪曲攻撃にほぼ答えた内容になっている。

 この本は4部構成となっている。
 第Ⅰ部 問題の所在をめぐって
 ここでは本のタイトルにあるとおり、「核心」を、安倍首相や橋下元市長らの歴史認識を批判することを意識して展開されている。

 第Ⅱ部 資料に基づく日本軍「慰安婦」研究
 ここは林さんの真骨頂で、膨大な資料で、軍が主体となって慰安所を運営していたこと、具体的にどのような加害行為を行っていたのかを明らかにしている。

 第Ⅲ部 歴史史料隠蔽と歴史の偽造
 米英が解読した膨大な機密電報を紹介し、日本軍がいかに加害の隠蔽を図ろうとしたかにせまろうとしている。

 第Ⅳ部 米軍の性売買政策・性暴力
 米軍の性売買に対する政策を確認することにより、日本軍と違う点、共通する点をあぶり出している。

 私はこの第Ⅳ部が、もっとも興味深く読めたので、この章を中心に感想を記したい。

 橋下元市長や籾井NHK会長が「どこにでもあった」と言うとき、軍隊に性暴力はつきものだが、軍隊が組織的に、これほど大規模に、それこそ兵站から最前線まで慰安所を設置し、植民地から、占領地から女性を連行し監禁し強かんしたのは日本だけだったと、自信をもって言える。しかし他の国の軍隊が、この問題に対してどのような政策をとってきたのかは、勉強したことがなかった。
日本軍が日中戦争で慰安所制度を確立していった同時代、アメリカでは全く逆の政策を意図的に確立していったことに、私はとても興味を惹かれた。

 米軍は売春そのものを禁止していた。
 「基地周辺での赤線地区の存在を陸軍省は容認することはできない。(中略)この問題について唯一の実際的な政策は断固とした禁圧策である」(1917年)
 この政策は、性病の治療薬の開発やピューリタリズムの倫理観の後退を見た後でも、基本的には変わらない。兵士の売春宿の利用を押さえられずコンドームの推奨をすることはあっても、やはり今でも売春は認めていないし、ましてや管理売春などもってのほかだ。日本占領時に米軍はRAAを解散させたが、それも米軍の基本政策に基づいてのことだった。
 日本が慰安所を拡大させていた時期、米は「管理売春は性病を拡大させるだけ」と科学的に分析していた。日本軍は「性病を蔓延させないため」に管理売春を行ったが、それはさらに強かんを多発させ、最前線であっても占領地の住民女性を拉致監禁して「慰安婦」にしてもいいのだという意識を生み出した。米軍が科学的に考察して出した結論を、日本軍は本当に理解できていなかったのだろうか。
 吉見義明さんは日本軍が慰安所を設置した4つの理由の一つとして「日本軍の将兵に『性的慰安』を提供する」目的をあげていたが、これは私には一番しっくりする。そして橋下も籾井も「女をあてがっておけばいい」などという人権感覚の全くない考え方の持ち主だからこそ、「どこにでもあった」「沖縄の米軍はフーゾクを利用すべき」などと平気で言えるのだろう。
 もちろん米軍の性犯罪は戦時性暴力として現在でも問題になり続けている。それは日本軍「慰安婦」問題と共通する課題である。それを意識して読んだとしても、日本軍「慰安婦」問題とは特殊性のある組織犯罪であったと確信する。とても「どこにでもあった」と言えるようなものではない。

 「どこにでもあった」などと平気で言う人は、不勉強でも構わないと思っている人か、知った上で詭弁を弄しているかのどちらかだ。
不勉強でも構わないとか、詭弁を弄していると思われたくない人は、ぜひともこの本を読んで欲しい。
 もちろん、純粋に日本軍「慰安婦」問題を知る意味でも。日本軍「慰安婦」問題は、志を同じくする立場の人でもなかなか正しく理解されていないことも多い。私も理解しているつもりでいて、上に記したとおり、まだまだ知らないことも多かった。この20年で歴史研究は大きく進んでいる。現時点の到達点を確認する意味でも、この本を読むことは意味あるものと思う。(だい)

中原道子著『歴史は墨でぬりつぶせないーアジアの歴史と女性の人権』

中原道子『歴史は墨でぬりつぶせないーアジアの歴史と女性の人権』(スペース伽耶)を読み終えました。

VAWW-RAC共同代表で早稲田大学名誉教授である中原道子さんは、日本軍「慰安婦」問題アジア連帯会議のたびにお見かけするのですが、発言がいつも鋭く、また「私は学者である前に一人の市民だ」と仰っているのを聞き、とてもかっこいい生き方の人だなと思っていました。今回、こうして講演録や書かれた原稿が一冊のブックレットにまとめられ読む機会を得たのですが、その思いは一層深まりました。

このブックレットはもちろん日本軍「慰安婦」問題を軸に編集されていますが、その内容というよりは、そこからかいま見える中原さんの「視点」に新鮮さを覚えます。
例えばグァムの話。グァムは日本が唯一占領したアメリカの植民地で、そこにも日本軍は慰安所を作り、グァムの女性たちを「慰安婦」にしていました。そういうところに「ルンルン気分で新婚旅行」に行けるかと問い、「沖縄に駐留している海兵隊が今度グァム島に移るということを、私たちは手放しで喜べますか?」と問います。
例えば公文書の話。公文書は男性が書くものだと言い、植民地の女性には満足な教育など施されなかったと指摘します。そして「だから『慰安婦』募集の新聞広告を見て、『わたし働きます』なんて言ってくる女性なんかいないです」と喝破します。「公文書だけで歴史は書けない」と。
そして天皇制。この問題に関して、中原さんの舌鋒は一層輝きを増します。「かれ(昭和天皇)は戦争については非常に深い知識を持ってますでしょ?」
「どうして国民のことを考えなかったのかと聞くのもわたしは酷だと思います。かれにとって、一番大切なことは皇統を絶やさないことで、そのほかのことは二の次三の次だという、そういう教育を受けてきていたと思います。でも支配者としての責任はありますよね。そういうことでわたし、天皇に対しては、許せないという気持が非常に強いです。」
そういう、悔しいかな日本社会ではタブーとされている重たい課題に触れていて、颯爽とこう言うのです。
「わたしは生涯一度でいいから共和国に住みたい。世襲の絶対的な存在のいない民主的な共和国、日本共和国というのに住みたいな、と思いますけれど、夢でしょうね。」

別に目から鱗が落ちるようなことをおっしゃっているわけではないのです。ただ、そういう言葉が自然に出てくることが、私にとっては驚きなのです。
日本軍「慰安婦」問題を私のような人間が語るとき、とても身構えて重たく語ろうとしてしまいます。それは間違ったことではありません。だって重たい課題なのですから。だけれども、中原道子さんがそれを語るとき、辛辣な内容であるにもかかわらず、とても等身大で、説得力をもって聞こえるのです。
安直な言葉でいうなら、ただただカッコイイのです。
戦争を肌で覚え、教科書に墨を塗ることで価値観が転回するのを感じ、現人神が自己保身に汲々とした権力者だと知る。それを身を以て体験したものにしかわからないリアリティが、中原さんの言葉に息づいているのだと思います。

そういう身体性を持つ中原さんが日本軍「慰安婦」問題の本質を語るとき、全くその通りだと理解している事柄でも、私には新鮮に聞こえます。
「この問題の本質は日本を含む東アジア、東南アジア、太平洋の国々に生きる少女・女性が、日本軍により、何年にも渡り奴隷状態におかれ、残酷な性暴力を受けたという事実です。一人一人の少女・女性が自らの意思に反して、長期間、監禁され、複数の男性との性交を強いられたことです。結果として、肉体も精神も、回復が不可能なほどの深い傷を負い、さらに戦後解放されてからも、社会的には人間として恥辱と差別の中で苦しい人生を生きなければならなくなりました。これほど残酷な犯罪があるでしょうか。」
全く、思想とは生き方の中にあると実感するのは、私だけでしょうか?
言葉は思想と行動に裏打ちされると感嘆するのは、私だけでしょうか?

これは日本軍「慰安婦」問題の、学術ではなく、思想を学ぶ一冊です。感受性豊かな世代に勧めたい貴重な「入門書」です。
ぜひともお読みください。(だい)

VAWW-RAC編「日本人「慰安婦」 ―愛国心と人身売買と―」

 「戦争と女性への暴力」リサーチ・アクション・センター編「日本人「慰安婦」 ―愛国心と人身売買と―」(現代書館)を読み終えました。

 日本人「慰安婦」問題は棘のような存在です。日本軍「慰安婦」問題に関心のある者はみな、日本人「慰安婦」被害者を常に気にかけているのに、目の前の政治課題になかなか据えられないでいます。被害者の尊厳回復を日本の問題として闘う中で、被害者が名乗り出ていない日本人「慰安婦」問題はどうしても後回しになってしまいがちです。目を背けているわけではないのに取り組みが後回しになってしまう、そういう後ろめたさが私の中にあります。
 一方で、橋下市長や小林よしのりのような詭弁家がいます。橋下市長は「慰安婦」制度は必要だったと主張し、米軍は沖縄の風俗産業を活用すべきと言うようなことを平気で言います。小林よしのりは、名乗り出ていない日本軍「慰安婦」は立派だと褒め称えます。ふたりにとって日本人「慰安婦」は、被害者ではありません。
 そういう感覚は、多くの日本人が共有しているものです。
 強制連行はなく、「商売」だったから被害者ではないという感覚も、根底は同じです。かつての遊郭で働いていた女性が「籠の鳥」と言われるような「性奴隷」(認めたくない人のために「債務奴隷」と言い換えてもいいです)であったと知っているにもかかわらず、あるいは「人さらい」に売られたような人もたくさんいたということを知っているにもかかわらず、「商売だから」「どこにでもあった」という言葉で正当化しようとするのです。

 日本軍「慰安婦」にさせられた女性は、「被害者」なのでしょうか?
 当然、「被害者」です。そのことをこの本は明快に答えてくれます。ある女性はあふれる前借金から逃れるために「慰安婦」となり、ある女性は人身売買の犠牲となり、またある女性は就業詐欺に遭い、軍属であった女性が「慰安婦」にさせられた例もあったようです。その全てが当時においても法律違反・犯罪でした。そしてそこにおける日本軍・政府の組織的関与は明らかです。
 それでも、その簡単な事実を周囲に「納得」させるのは、「理屈」だけではどうしても難しいように感じてしまいます。それは日本人「慰安婦」問題が、現在の性産業の問題と密接に関わっているからです。ほとんどの男性が、橋下市長と似たり寄ったりの女性観を持っていることを、私は知っています。
 そういう意味でも、この本の中に紹介されている菊丸さんの人生を紹介した記事、あるいは城田すず子さんをはじめとしてこれまで雑誌等でわかっている限りの日本人「慰安婦」にさせられた女性たちの人生をまとめたコラムは、秀逸でした。また「業者」をやっていた男性からの聴き取りも。こういう一人ひとりの生に触れると、理屈ではなく感情で、日本人「慰安婦」もまたまぎれもない被害者であったと納得できます。
 そして特に日本人「慰安婦」の人生に触れると、直接の被害よりも、戦後の責任の重たさを思い知らされます。被害の渦中にあるうちはそれが被害だと自覚できなくても、後にそれは表れるのです。
 名乗り出て、雑誌の取材を受けていた際中に自死した菊丸さん。遺書には
「ほかの女性は利口だったのよ。私のように馬鹿ではなかったのです」
と書き残していたそうです。
 なぜ彼女は人生を自己責任に帰し、命を断たねばならなかったのか。それは本人が自覚するよに、自己責任に言いあらわされるような被害だったのか?
 このルポを寄せた広田和子さんは、こう書いています。
 「菊丸さんの不完全燃焼の人生を、『慰安婦』であったことと結びつけるのは難しい。ただ取材中に感じた菊丸さんの心の奥にある何か、それは『肉体を売った』という事実、そのことから、本人自身が目をそらすことが出来なかったのではないか、泣いたり笑ったりした日常がどんなに多くあっても、心の奥にある事実は消えない。」
 これは日本軍「慰安婦」問題の根っこのところを言い当てていると思います。
 でも、橋下市長や小林よしのりのような御仁には、このことは理解できないんでしょうね。もちろん安倍首相にも。

 人生を狂わされるのが「慰安婦」被害者であるならば、狂わせたのは性奴隷制度であり、戦争であり軍隊です。橋下市長のいうような、慰安所を必要とする軍隊など、本当に必要なのでしょうか?
 安倍首相が談話の中で言う「戦場の陰には深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも、忘れてはなりません」という言葉が、本当に空々しく感じます。安倍首相は海外の被害者ばかりでなく、同胞の「慰安婦」被害者にも向き合っていません。

 日本が戦争への道を歩み始めているいまだからこそ、読まれるべき一冊です。
(だい)

映画『“記憶”と生きる』

 十三の第七藝術劇場にて、土井敏邦監督の『“記憶”と生きる』を観ました。3時間半が全く長く感じない、とても貴重なドキュメンタリーでした。
 この映画に出てくるハルモニたちとは、もう誰とも会うことができません。『“記憶”と生きる』とは全く文字通りの意味。私たちがハルモニたちの“記憶”と生きるために何が必要なのか。その重みを噛みしめる映画でした。

 第1部は「分かち合いの家」。姜徳景ハルモニを除いたハルモニたちの証言を丁寧に映し出しています。
 金順徳ハルモニの証言に泣きました。
 「お金じゃなくて、歴史に残したくないのだ。悪いことをしたと、日本は認めたくないのだ」
 「私たちにも尊厳がある。お金が欲しいんじゃない」とも。
 李容女ハルモニは、「何回喋らせれば気がすむんだい」とおっしゃっていました。

 「慰安婦」にさせられたという被害体験だけでなく、その後の人生も堪えがたいほど狂わされたという重みが、とても強く伝わっています。被害申告しようとすると家族に反対され、申告したらしたで一向に解決する気のない日本政府に苛立ち、夜も眠れないハルモニたち。

 この映画が撮られた当時、私は、日本政府はお金を払いたくない(戦後補償のパンドラの箱を開けたくない)のだと思っていました。でもそれは私の勘違いでした。姜徳景ハルモニや金順徳ハルモニのいう通りです。日本は加害の歴史を認めたくないのです。安倍談話で、それは本当にはっきりしました。
 日本政府は今も(20年経った今も!)加害の歴史を認めたがりません。安倍談話からは加害の事実には全く触れないまま、反省も謝罪もありませんでした。河野談話で約束された歴史の継承は、教科書から削除されたことによって反故にされたままです。
 ええ、ハルモニのおっしゃられる通りでした。20年前のハルモニに教えられました。

第2部「姜徳景」。
 そして、やはりこの映画の中心は、姜徳景ハルモニです。そしてここでも、被害証言だけではなく、解放後の苦しみ、“記憶”と生きることとの苦しみが語られます。松代(と思われる)慰安所から解放後祖国に帰り、日本兵との間に生まれた幼子を釜山の孤児院に預けることを語るハルモニの表情が忘れられません。おそらくこのことが、ハルモニを永遠に苦しめてきた“恨”なのでしょう。
 死の間際、金順徳ハルモニと朴玉蓮ハルモニが病院を訪ね、姜徳景ハルモニとこんな印象的な会話を交わしていました。
 「誰か会いたい人はいるかい?」
 「会いたい人がいても仕方がないよ」
 「そう、会いたくても仕方がないね」
 どう仕方がないのでしょうか? 「そんなことはないよ」となぜ金順徳ハルモニは返さなかったのでしょうか?
 このとき会いたくても仕方がないひとが、その幼子だったとは限りません。ただそういう秘密をたくさん抱えるだけの辛い人生であったことは確かです。
 姜徳景ハルモニが描いている鳥が何かを咥えていて、それが何かと訊ねられたとき、ハルモニは「私の“秘密”を咥えているのだ」とおっしゃいました。被害者は多かれ少なかれ、そういう“秘密”を抱えてきました。それが周囲のハルモニも分かっているからこそ、「そう、仕方がないね」と返したのかなと、そう思っています。そしてそういう“秘密”とか“恨”は、やはり日本の加害の結果です。「慰安婦」にさせられた被害がなければ、こんなふうに人生が狂わされることはなかったはずです。慰安所だけの被害体験だけではありません。その後の狂わされた人生に対しても、責任が、戦後責任があるはずです。
 大事なのは、ハルモニたちはそういう“記憶”を抱えて生と格闘してきたということです。そして私たちは、そういうハルモニたちとキチンと向き合って、ハルモニの“記憶”と共に生きていかなければならないということです。

 映画後のトークショーで、土井監督はこの映画を作ったきっかけが、橋下大阪市長の「慰安婦」発言にあったと仰いました。橋下市長には、ハルモニの“記憶”とは生きていません。だからああいうふうに、いとも簡単に被害者の尊厳を傷つけることができるのです。
 「この映画の目的は、マスではなく、一人ひとりのハルモニと向き合うこと。マスでは痛みを感じ取れない」と土井監督はおっしゃいましたが、その一人ひとりと向き合うことの重みと必要性を、この映画は教えてくれます。
 姜徳景ハルモニはいまわの際に、病の床にある自分の姿を日本に見せたいと仰っていました。闘い始めたのだから、最後まで闘わないと、と……。
 私たちも姜徳景ハルモニに誓います。姜徳景ハルモニの“記憶”とともに生き、被害者が生きておられるうちに日本政府の謝罪と賠償を実現するため最後まで闘います。

 映画『“記憶”と生きる』は、大阪では9/19~9/25まで、第1部は12:30から、第2部は15:10から上映されます。ぜひみなさんもご覧下さい。(だい)

『“記憶”と生きる 元「慰安婦」姜徳景の生涯』土井敏邦(大月書店)


関西でも近々、同名のドキュメンタリー映画が公開されるが、映画を観る前に何としても読んでおきたかった。
姜徳景ハルモニは金学順ハルモニに並んで、多くの人々の心に刻み込まれている日本軍「慰安婦」被害者だ。その小さ身体から発せられる怒りの言葉は、私たちの胸を貫いたし、たくさんの絵画、特に昭和天皇の処刑を描いた「責任者を処罰せよ」は、多くの日本人に責任者処罰の重要さと戦争責任のなんたるかを教えてくれた。そして、今際の際にあっても「私たちは死なない。日本政府が私たちを強くした。最後まで日本政府と闘い抜かないと」と語り、私たちに決意と覚悟を残した。
そんな姜徳景ハルモニの人生がどんなものであったのかを、私は知らなかった。もちろん証言を読んで、過去に受けた被害についてどのようなものであったのかは知っていた。富山の不二越に女子勤労挺身隊として強制動員され、重労働に耐えかねて脱走。2度目の脱走で憲兵と思わしき男に捕まり強姦、そのまま松代と推測される慰安所に監禁された。また、ナヌムの家に移る前に暮らしていたという農園の、想像を絶する物置小屋のような住まいも、映像で観たことはあった。でも、その人生全体、特に被害を受けてからの「戦後・解放後」についてはほとんど知らなかった。
帰国までの生活、妊娠・出産と子どもの死、加害男性に対する心情の揺らぎ、転々とする仕事、恋愛・結婚観、誰にも語られることのなかった男性のこと、酒浸りの日々、自暴自棄……。それらは多くの被害者に共通する人生でもありながら、姜徳景ハルモニ固有の具体的な体験でもある。そしてそれが具体的であればあるほど、私たちは被害者に共感し、その人が「特別」になる。
私にとっては裵奉奇さんと宋神道さんが「特別」で、それは在日一世のハルモニだからだと思っていた。多分それはそれでその通りなのだろう。でもこの本を読み進めるうちに、姜徳景ハルモニが「特別」になってゆくのに気づかされ、我ながら少々驚いた。
裵奉奇さんと宋神道さんは川田文子さんという書き手=フィルターを通じて私の忘れられない記憶となったように、土井敏邦さんというフィルターを通じて、やはり忘れられない記憶へと変わっていった。
実は本を読む前は、「“記憶”と生きる」とは、土井敏邦さんの個人的な思いだと思っていた。でもこの本を読むことで、姜徳景ハルモニが「特別」に変わっていくことに気づいて、私たち誰もが「“記憶”と生きる」ことができるのだと気付かされた。もちろん読み手の関心や感性にも左右されるとは思うけれど、それでも土井さんというフィルターを通じて私たちも「“記憶”と生きる」ことは可能なのだ。少なくとも私は姜徳景ハルモニの「“記憶”と生きる」ことを決意している。
いま、私は、姜徳景ハルモニの人生ひとつひとつを思い返し、噛みしめている。男性の私の拙い想像力では及ばないだろうけれど、それでもそれをやめようとは思わない。そして姜徳景ハルモニの最期の言葉を思い起こす。
「私たちは死なない」
姜徳景ハルモニが亡くなられて18年。でも私たちが謝罪と賠償を、真の解決を諦めない限り、ハルモニは亡くならない。記憶と共に、生き続ける。
そう信じて、戦後70年の今年の夏を闘おうと思う。

(補足)この企画は20年近くお蔵入りになっていたにも関わらず、世間に引っ張り出したのが、橋下「慰安婦」発言だった。私はこのことを重く受け止めたい。

(だい)

映画『“記憶”と生きる』の関西上映は、8月、十三シアターセブンにて




朴裕河『帝国の慰安婦』

朴裕河『帝国の慰安婦 植民地支配と記憶の闘い』(朝日新聞社)読了。
読んでいて気疲れする本というのが、通読しての第一印象だ。その気疲れというのは、「どう捻じ曲がればこんな受け取り方ができるのか」という徒労感である。引用される資料から導き出される結論が、私と全く違う。それが悪意なのか良心なのか……間違いないのは、彼女は私たち日本軍「慰安婦」問題の解決を求める運動に対して明確な敵意をもっていて、自分こそが良心であると「見られたい」という強烈な意欲だ。
巻末に、「慰安婦問題に関わってきた人や関心のある人は言うまでもなく、これまで声をあげてこなかった人たちの声が、倫理的で合理的な「第三の声」となって出会う契機となることを願っています」と結んでいることをみてもわかるとおり、彼女の自己意識の中での立ち位置は「第三の道」であり、そして彼女の思惑通り、日本の国民基金派の知識人や朝日・毎日などのリベラル・ジャーナリズムにもてはやされている。彼女が何を「第三の道」と示しているのか、明確に語ろうとしないのだが、本の中でも「国民基金」を高く評価していることから、「国民基金を被害者に受け入れさせること」と見て、間違いがないだろう。
この324ページの本の全てに批判したい点があるが、そんな時間をかけて批判するくらいなら運動を進めるためにしなければならないことが山ほどあるので、ここは基本的な数点にだけ批判を加えたい。

1、日本軍「慰安婦」被害者は、日本軍人の同志か?

「同志」という刺激的な言葉で物議を醸しているが、朴裕河の言わんとしていることはそれほど目新しいことではない。「慰安婦」とされた女性たちがレイプされるだけの存在だけでなく、明日の命もわからない兵士たちを文字通り「慰安」し、時には恋愛関係に陥ることもあったということを指摘しているに過ぎない。被害者であるのと同時に、日本軍兵士を鼓舞する仲間=「同志」だったというのだ。
事実としてそういう事があったということは、この問題に関わっている人なら誰だって知っている。被害者の証言には疑似恋愛の話もよく聞くし、「兵士たちもかわいそうだった」という言葉もよく聞く。特に「慰安婦」とされた期間が長かった被害者は、「慰安婦」として生きて行くことを受け入れなければ、死ぬしかなかった人たちだ。心の合理化をすることなしには耐えられないほどの苛酷な状況だったのであり、もちろん私たちはそういう被害者の感情を受け入れて、運動をしている。
普通の人であれば「それでも被害者であることには変わりはなく、彼女たちは日本に謝罪と補償を求める権利がある」と思うのだ。
しかし朴裕河は違う。
「もっとも、このような記憶(疑似恋愛)は、あくまでも例外か付随的な記憶でしかないということもできるだろう。たとえ温かく面倒を見てもらい、愛され、心を許した相手がいたとしても、慰安婦たちにとって「慰安所」とは、基本的には逃げ出したい場所でしかなかったからだ。だとしても、このような愛と想いの存在を否定することはできない。そしてこのようなことがめずらしくなかったのは、朝鮮人慰安婦と日本兵士との関係が構造的には「同じ日本人」としての〈同志的関係〉だったからである。そのような外見を裏切る差別を内包しながらも。」(83P)
私が書くのであれば、「そのような愛と想いの存在を否定することはできない。だとしても、このような記憶は、あくまでも例外か付随的な記憶でしかない。慰安婦にとって慰安所とは逃げ出すことが許されず、性行為を強制される場所であることに変わりはないからだ」と書くだろう。
つまり同じ事実を書くにしても、「被害者であるが同志」と「同志であるが被害者」と書くのとは、全然違う。語法としては後者に重きがあるのであり、結論が全く違う。
なぜ朴裕河は執拗に「同志的関係」を強調するのだろうか? それは運動が、被害者たちのこのような記憶を消去しようとしているからだと。運動が、被害者を柳寛順のような独立闘士に仕立てていて、それが歴史歪曲であるとまで批判する。
なんの言いがかりだろうと、私は思う。私は「同志的関係」なんて言葉は絶対に使いたくないが、被害者のそういう証言を否定したこともなければ、忘れ去りたいとも思わない。そして被害者自身も忘れていないことは、そういう証言をしていることでもわかる。それでも被害者自身が日本政府に謝罪を求め、二度と自分たちのような被害者を生み出してはならないと、訴え続けているのだ。
むしろ韓国の被害者たちは「日本軍に性を提供した汚らわしい女」と蔑まれ、親日派のような扱いさえ受けてきた。「同志的関係」を強調することは、解放後にさえ癒されることのなかった彼女たちの傷に塩を塗り込むような行為であり、犯罪的であるとすら思える。

2、悪いのは業者か?

朴裕河は、悪いのは業者であり、運動はそれを意図的に問題から除外していると主張する。
被害者の証言を具体的に引用し、被害者を騙し連れて行ったのも、軍について行ったのも、暴力で支配したのも、借金で縛り付けて賃金を払わなかったのも業者なのだから、「法的責任を問えるのは業者であって日本政府ではない」と主張する。
この場合、業者の責任とは、一体なんなのだろうか? 業者を見つけ出し、責任者処罰すれば、それで朴裕河は納得するのだろうか?
「慰安婦たちの身体に残る傷は、単に軍人によるものだけではない。監禁、強制労働、暴行による心身の傷を作ったのは業者たちでもあった。そして日本軍と業者の関係も、時期や慰安所の場所によって(つまり慰安所の形態によって)もさまざまだったと考えられる、証言には普通の料理屋から、奥地の粗末な慰安所までさまざまな形の慰安所が登場する。そのことを見ないようにしてきたのは、それを見ることが〈日本の責任〉を免罪することになると考えられたからだろう。軍の加害性を強調するほうが、日本の責任を明確にすることになり、慰安婦問題の解決につながるとの考え方が中心的だった結果でもあろう。
しかし、朝鮮人慰安婦をめぐる複雑な構造に向き合わずに、慰安所をめぐる責任の主体を日本軍や日本国家だけにして単純化したことは、逆にこの問題への理解を妨害し、結果的に解決を難しくした。」(114P)
運動の側は、植民地から連行されるケースでの日本軍「慰安婦」問題を考えるとき、業者の介在を無視したことはない。ただそれが日本軍の責任を免罪する理由にはならないし、第一義的な責任を業者に帰すること自体無理があると考えているだけのことだ。
日本の戦地・占領地のあらゆるところに設置された慰安所に朝鮮人「慰安婦」を甘言を弄して連れて行ったのは確かに業者だが、慰安所を設置し、連行のための交通手段を用意したのは日本軍だ。「どこそこに何十人の慰安婦を送れ」と「補給」を求め、また配置を計画したのも、軍だ。人集めと管理という、「専門性」を要する汚れ仕事を業者にさせていたにすぎない。
朴裕河は軍を免罪する意図はないと反論するだろうが、日本政府に法的責任は問えず、「しかも『業者』をも法的責任を問うべき対象と想定すると、韓国人もまた共犯者としてその対象になるほかない。彼女たちが慰安婦になった道義的責任を問うのなら、彼女たちを守れずに慰安婦にした家父長制や、国家制度に依存していたすべての人にも、責任を問うべきだろう」と言うのであれば、それは日本政府の責任を免罪か、あるいは相対化し軽くするための主張としか捉えることができない。

3、法的責任を問うことはできない?

私たちも日本軍「慰安婦」問題の法的解決を求めている。それは、関釜裁判第一審判決で「立法の不作為」を認めたように、新たに法律を作って謝罪と補償を行うべきという意味である。当時の法に従って裁けという主張ではない。
しかし朴裕河はこれを(おそらくは意図的に)狭めて解釈する。
「軍を派遣し続けるために必要な慰安婦システムとは、言うまでもなく倫理に悖る行為である。しかし、システム自体が禁止されていなかった限り、それを『法的』に追及できる根拠はない。(中略)しかし強姦や暴行とは異なるシステムだった『慰安』を犯罪視するのは、少なくとも法的には不可能である。」(172P)
言っておくが、「慰安婦」制度は当時の国内法・国際法から見ても違法である。しかしここで重要なのは、「法的責任」の意味を狭めていることだ。
本書では、韓国の憲法裁判所や国連の書報告書、米下院を始めとする各国の「慰安婦」決議を、「事実誤認がある」と批判する。そこではまるで日本政府の代弁者であるかのようだ。文学者が法律論を振りかざすからこんなに薄っぺらくなるのだと思うが、国際的な人権感覚では「違法」であるものを、彼女は「植民地支配の問題を人権問題にすり替えて、植民地の『慰安婦』と占領地の『慰安婦』を区別しないことによって間違った理解を植え付けている」と、批判する。
私たちが「法的責任」を要求するのは、「国民基金」を被害者が受け入れなかったという事実によるところが大きい。国家として加害事実を認め、謝罪し、賠償する――つまり被害者が受け入れられる解決のためには、立法措置が必要だと考えるからだ。
ところが朴裕河は、「国民基金」を積極的に評価する。
「基金は『自民党と官僚の合意』を基に、戦後賠償に関する条約のために直接の国家補償はできないという限界を突破すべく、それこそ『民間団体の衣を被せ』て間接補償を目指した、政府主導のものだった。
いわば基金は、国家補償をしつつも、表向きはそのような形をとらないための、あくまでも〈手段〉だったのである。責任回避のためではなく、『責任を負う』ためのものだったと言えるうだろう。」(263P)
なんという人の良さだろう。「表向きはそのような形をとらない」ものを、被害者はどうして真摯な謝罪と受け止めることができるのだろうか? 結果、被害者への「償い金」は「国民」からの募金でまかない、事務費のみを国庫から支出した。受け取る側はそれを「募金してくれた人の誠意」と見ることはできても、国家としての誠意は感じられなくて当然だろう。「私たちは物乞いではない」と受け取りを拒否する被害者がいるのは当然のことだった。
しかし朴裕河は、これを当時の日本の政治状況を理解しようとしなかった運動の責任であると断罪する。では運動家は「物乞いではない」を拒絶する被害者に、「これは実質的な補償だから」と被害者を説得すればよかったのか? それは違うだろう。それをしなければならないのは日本政府だ。
しかし日本政府は「これは実質的な補償ですか?」と問われても、絶対に首を縦に振らなかった。日本政府は国際社会に向かっては「国民基金で謝罪と補償を行った」とアピールするが、被害者に対しては「償い金であって補償ではない」と言い続けた。日本国民から集めた募金を、お渡しするだけだと。そして、基金を受け取らない被害者に対しては、首相からの謝罪の手紙は絶対に渡そうとしなかった。
世間の常識では、まず謝罪があって、補償はその次の話である。しかし補償を受け取ることを前提でしか謝罪文を手渡さないとは、なんという侮蔑か。被害者が誠意を受け取れなくて当然だろう。
「支援者たちにその意図がなかったとしても、『慰安婦』=『当事者』たちは、いつのまにか一部の人にとっては日本の政治運動のための人質になっていたとさえ言える」(266P)とは、被害者の心情を理解しないのはどちらかと問いたい。「考えるべきは、『運動の前進』ではなく運動の〈検証〉だった。慰安婦たち自身の〈運動からの解放〉のために、である。そしていま必要なことは、日本政府をして日本国民の多数の気持ちを代弁させることではないだろうか」(279P)というが、その日本の独りよがりな「善意」こそが「国民基金」の失敗の原因である。彼女の、被害者を人質にして、自分たちの政治信条の実現のために運動しているかのような主張は、本当に我慢がならない。
いま必要なことは、日本政府をして日本国民の多数の気持ちを代弁することではなく、被害者が望み受け入れられる解決を実現することだ。まず日本政府が加害の事実を具体的に認め、真摯に謝罪し補償することである。日本国民が受け入れられる解決ではなく、被害者が受け入れられる解決こそが、重要なのである。

4、「日本を許したい」とはどういうことか?

批判したいことは他にもたくさんあるが、キリがないのでそろそろ終わりにしたい。
それでも最後にどうしても述べておきたいことがある。

「日本語版を出した後、わたしは元慰安婦の方たち数人に会いました。『当事者』たちの声をじかに聞きたかったからです。そうこうしているうちに特に親しくなった方がいました。(中略)本書は図らずも、そして遅ればせながら、彼女の思いを代弁する本になりました。
残されたわたしたちは、その思い――『日本を許したい』『許したら日本もどうにかするのではないか』と話し、日本を非難する言葉に与したくないと話していた――その方の意志をいっしょに引き継ぐことができるでしょか?」(13P)

私には、朴裕河がこの被害者の気持ちを正しく理解していたとは、どうしても思えない。この本が被害者の声を代弁しているとも思えない。(その被害者が誰かは知っているが、この本の中では名前が明かされていない以上、私も伏せることにする。ただ朴裕河はこの被害者の死後、公言しているらしい。)
「日本を許したい」「許したら日本もどうにかするのではないか」――その人は確かにそう言ったのだろう。それは不思議でもなんでもない。
でもその言葉の裏には、日本政府が「許す」ことを許してくれないという気持ちが言外にあるように思えてならない。晩年を迎え、許さないまま恨を抱えて生きていくのは辛いだろう。でも日本の政治状況、特に安倍政権になってからは、被害者が「許す」ことすら許されない状況にまでなっている。安倍政権は「強制連行はなかった」と言い、「朝日の報道で多くの日本人が傷つけられた」と公言して憚らない。被害者の尊厳回復に心を砕くどころか、被害者を傷つけることに躍起になっている。
それに被害者の気持ちは毎日のように揺れる。疲れもする。相手の言葉にあわせ、望まれたり期待されたりする言葉を選ぶ時もある。
それでもその被害者は、名乗り出て、水曜デモに参加し続けた。
朴裕河に言わせれば、それも挺対協など運動団体のせいということになるのだろうか? 望まずに参加したとでも言うのだろうか?
朴裕河は運動の側が被害者を人質にし、利用しているかのようなイメージを流布する。しかし被害者の多面性を認めていないのは、朴裕河のほうではないのか?

『帝国の慰安婦』は、あたかも「第三の道」を提起するようなスタイルを取りながら、日本政府の立場に擦り寄っているように見える。(河野談話と「国民基金」は、安部政権といえども基本姿勢である。今のところは。)
朴裕河はそういう批判に対し、誤読、理解していないと反論するが、本の後半の多くは挺対協をはじめとする韓国の支援団体と日本の運動団体への批判、(挺対協が世界に誤解させたという)憲法裁判所判決やクマラスワミ報告、米下院の決議への批判に多くの労力を注いでいる。そして日本の歴史修正主義への批判はおざなりであり、日本政府への批判はほとんど見られない。運動団体への批判は、まるで恨みでもあるかのように、執拗だ。

日本軍「慰安婦」問題とは、誰と誰の対立なのか?
いうまでもなく日本軍「慰安婦」被害者と日本政府の対立である。決して韓国と日本の対立ではない。そんな中での「第三の道」とはなんなのか?
朴裕河は国際的な人権感覚に訴える運動方針を批判し、「日韓政府はただちに、この問題の解決を話し合う国民協議会(当事者や支援者や識者をまじえた)を作るべきだ。そして、期間を決めて(半年、長くて一年)ともかくも〈合意〉を導きだすことを約束して対話を始めるのが望ましい」(312P)と言うが、運動団体がそんな土俵を日本政府に認めさせるために、国際社会に訴えていることさえ理解できないのだろうか? 解決させる気がない日本政府を動かすために、私たちはあらゆる努力をしている。それを、こんなふうに批判されたくはない。
朴裕河が日本政府の頑なな姿勢を知らないとは思えない。ならばやはり、わたしはそこに「悪意」が潜んでいるような気がしてならない。
朴裕河は私たち運動の側を批判し、「ふたたび日本政府に期待する」としている。もちろん「ふたたび」とは「国民基金」のことをとらまえてのことである。このような姿勢の先に、本当に被害者が望む解決があるのか?
「慰安婦」=「当事者」たちは日本の政治運動のための人質になっていたとあなたは言うが、その言葉をそっくりそのまま、あなたにお返ししたい。

(だい)


解釈だと、赤は進めだから

DSC_0357.jpg



日本軍「慰安婦」として被害を受けた女性たちはどの国の人も必ず言います。
「戦争はいけない、戦争が起きたら自分たちのような被害を受ける人たちがいる」と。
そして現在の日本政府のことを知ってとても心配しています。
しかし私たちは学校で戦争の被害については教えられても、加害の事実はあまり学んできませんでした。
日本は戦争の被害国としか認識していない若者が多いそうです。
そのため自国の加害の事実に向き合えず、否定する若者が多くいるのではないでしょうか。

安倍政権は集団的自衛権を今国会中に閣議決定させようと急いでいます。
作られた他国からの「脅威」を煽り、法治国家としての手続きをも無視する強行ぶりは
一挙に戦争のできる国づくりへと突き進んでいます。

今日見てきた「原爆と戦争展」は日本の被害だけに焦点を当てた展示で、
しかも何故日本が被害を受けることになったのかの説明もなく、
日本の加害性を示す展示はありませんでした。
私たちは植民地支配と侵略戦争によって大きな犠牲を強いて、自らも犠牲を負ったのに何を学んだのでしょうか。

平和は作り出すものだといいますが、「積極的平和主義」という「力による平和」は本当に平和でしょうか。


今年もみしまさんが漫画の作品を発表しましたので、紹介します。
タイトルは「解釈だと、赤は進めだから」

ケナリ

映画「少女は自転車に乗って」

サウジアラビアの映画「少女は自転車に乗って」を見て来ました。法律で映画館の設置が禁止されているサウジアラビアで、女性映画監督がはじめて撮った作品だということです。主人公の10歳の少女は、同世代の男の子が乗っている自転車に自分も乗ってみたい、そして、競争したらきっと勝ってみせると願っています。でも、女性は黒いヴェールで全身を覆って外出しなければならないサウジアラビアでは、女性が自転車に乗るなど、とんでもないこと。それだけでなく、女性は家系図に入れてもらえず、男の子を授からなかった少女のママは、夫が第二夫人を持つことを認めなければならないなど、女性だけに課せられた厳しい慣習のなかで暮らすのはとても過酷なことだと感じました。そんななかで、自分らしく主体的に生きようとする10歳の主人公が、とても清々しく描かれ、慣習と言われるものも、人間の力で少しずつ変えてゆけるものだと思いました。映画を見て、サウジアラビアの女性たちの情況の過酷さを思いましたが、もしかすると私の暮らす日本だって、他国から見れば「日本の女の人、まだそんなん???」「ヘイトクライム、何あれ?やばいんちゃうん???」って感じなのかもしれません。(よんよん)

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